>>659
「っていう始まりでしたねえ僕ら」
ほやほやとした笑顔で安室はリンゴを剥いている。ベッドの住人となった赤井のためだ。
当の赤井は骨折したあばらをかばってやや不自然な格好で頭を抱えている。器用な男だ、と安室は感心した。
「零く…」
「名前」
「……安室くん、人の思い出したくない過去を掘り起こすのは良くない。俺は怪我人だぞ。いたわってくれ」
怪我人、ねぇ。哀れっぽく訴えかける赤井に向ける安室の目は冷たい。
それもそうだろう、ここはアメリカの病院で、目の前の男は2週間前から入院している。一時は集中治療室にいたとも。
だが安室がその事を聞いたのはつい2日前なのだ。
「僕はあなたのモノになったのにあなたは僕のモノじゃないってことですもんね」
「安室くん、それは……」
「命の危険があっても連絡なんてこない。そうですよね、結局僕ってあなたのオンナってだけの存在ですもんね」
そう、あの時安室は赤井を拒絶した。だから赤井は宣言通りに無理やり安室をオンナにした。
嫌がる体を組伏せ、入院着を剥ぎ取り、怪我を無視して抑えつけ、奥の奥まで暴いた。
当然傷は開き、到底退院などできる状態ではなくなった安室は、それでも5日もするとまた強硬退院を試みた。
しかしその度に赤井に犯されベッドに強制送還されてしまう。
そんなことを繰り返し、なんやかんやあって今に至る。
自分達の関係はそんなものなのだ。
「……間違えたんだ」
ポツリ、と赤井が呟いた。
いつだって自信に満ち溢れ、天上天下唯我独尊とでも言わんばかりの男の態度に、おやと安室は首を傾げた。
「何を間違えたって言うんですか」
「優しくしたかった。愛を告げて抱き締めたかった。ただ君が心配だと、死んでほしくないと伝えたかっただけだった」
俯く赤井に似合わないなあと安室は思う。さてどうしよう。
これを言ったらこの男がいつもの小憎らしいくらいに自信たっぷりの独断専行男に戻ってしまうだろうというのは
優秀な頭脳を持つ安室じゃなくて簡単に予測可能だ。
だがいつまでもこんな中途半端な関係で我慢しているのは性に合わない。
せいぜいこの先僕に頭が上がらなくなるといい。
そんな気持ちをたっぷり込めて安室は赤井に最高の笑顔と共に言ってやった。
「このまま僕と恋人になるのと別れるの、どっちがいいですか?」