(3/3)
ふいにねんううの目から涙がこぼれ落ちた
この家に来て泣いたのは二度目だ
一度目とは違う感情がねんううの涙腺を弛ませる
ふるふると喉を震わせて、ねんううの気持ちが爆発した

「っ…………このはげーーーっ!」

こんなに大きな声を出したのは初めてだ
しかしねんううは自分で自分の溢れる感情を止めることができなかった
男は急に声をあらげて爆発したねんううに驚き固まっている
「このはげー!ちがうだろーー!ち・が・う・だ・ろーーーー!!」
ねんううは叫びながらポカポカと男の腕を叩いた
小さなねんううでも折ることができるんじゃないかというほど、痩せ細った腕だった
「ね、ねんうう……落ち着いてな、な?」
「このはげー!ちがうだろー!」
「ごめんなねんうう、これからはちゃんと通院するで、な、叩かんといて?」
「おまえがぼくのこころをたたいてるんだ!」
実際に叩いているのはねんううの方だ
男は泣きながら自分をポカポカと叩くねんううの頭をそっと優しく撫でている
「ぼくがちがうっていったらちがうんだ!」
「そうやなその通りや、ねんううごめんやで」
「この、はげ……ちがうだろ……ちがう…………ひっく」
「そうや、ねんううは正しいで、わいはハゲやしわいが違ってたのも本当や」
また安物のティッシュで目元を拭かれた
でも今はそのごわごわした肌触りが何故か気持ちいい
何故だろうか
「……おじさんがたいへんならなにもいらない」
「そんなのねんううが気にすることやないで、それにもうびくとるは来るのが決まっとるで!」
「びくとるはおじさんがげんきになってからでいい」
「びくとるが来るのとわいの身体が良くなるのは同じ頃や!心配いらんで!」
もうびくとるのお金は払ったからこれからは治療に専念や、と男は何故か得意そうに笑った
「泣かせてごめんな、ねんうう」
もう何度目の謝罪だろうか
男はねんううの頭をゆっくり撫でながら何度も何度もごめんと言った
謝るのは、ねんううの方なのに
「これからはねんううにいっぱい笑ってもらえるようにわい頑張るで!」
頭に触れてくる指はとても温かい
「びくとるが来たら一緒に野球や飛行機見に行こな!三人でピクニックやで!」
「……うん」
「ボーナスが出たらまたカツ丼作っちゃるで、待っててや!」
「……うん、まってる」

おじさんがげんきになるのもまってる
そう声に出そうとして、でも照れ臭くなってやめてしまった
代わりに、ねんううは少しだけ微笑んだ
それからねんううは男が飽きるまでずっと頭を撫でさせてあげることにした
古くて窮屈なこの家も、もうすっかり自分の居所だと思えた