「好きです。今度は嘘じゃないです」
桜樹花通はすっくと立ち上がると、降りてきた赤城春子に言った。

全国高等学校籃球選手権神奈川大会――
5点を追う後半残り2分。スローインによるタイムロスを避けるため、花通は
コート外へ転がりかけたボールに猛然と突っ込んで、しばらく意識を失っていた。

脳裏に蘇るのは3か月前、花通が名門の誉れ高いお嬢様学園、
ウンタラ女学園の近くを歩いていた時のことだった。
私服姿の花通に、春子が声をかけてきた。

「バスケットボールは、お好きですか?」
「え?」
「あ、いえ、バスケ部に入ってくれないかな〜って」
「バスケ部?」
「貴女、うちの子よね? あ、いえ、私も一年生なんだけど」

女の子に間違われるのは初めてではなかった。
しかしこんな可愛い子に声をかけられたのは初めてだった。
ドクンドクンと心臓が早鐘のように鳴った。

「は、はい、好きです」
「やった! それじゃ、これ、入部届」

桜樹……花子と書いた。
そして始まる一切の免罪符なき女装生活。
やがて女装がばれ、放逐され、魔法のような3ヶ月間は終わったかに見えた。

桜樹花通は元の学校に復帰してバスケ部のレギュラーになっていた。
観客席にはかつてのチームメイトが応援にきていたのだった。