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店主は物凄い勢いで頭を下げた。
 俺に手を砕かれた村人は恐れおののいた表情で俺を見ている。

「汚い手でルナに触るとは……許さないぞ!」

 店主の必死な謝罪を聞いて俺は少しだけ冷静になった。

「だが店主に免じて今回は許してやる!!」

 ルナが汚い酔っ払いに触られた時は一瞬で感情が爆発した。
 爆発的な殺意だ。
 何も考えずに村人をこの世から消し去るところだった。
 土の槍も当たり所が悪ければ村人は一発で千切りになっていただろう。
 ルナの方に目をやるとルナは不思議そうな顔で俺を見ている。

「どうしたの、サシャ?」

 ルナは何が起こったか分かっていないようだ。
 汚い酔っ払いが若い女を無理やり自分の体に引き寄せる。
 この行動の意味を理解していないのだろう。

「どうもしてないよ。俺はルナに触れる人間には容赦しない。誰であろうが必ず殺す」

 俺は冷静だ。
 心は苛立ちながらも頭は冷静だった。

 俺は普段、熱くなる事は無い。
 村で暮らしていた頃は、毎日、畑仕事をしてのんびりと生活していた。
 それから冒険に出てルナと出会った。
 俺にとって初めて異性として愛し始めている女性だ。
 どうやら俺は仲間の事になると冷静ではいられないらしい。 
 すると、ルナは久しぶりに俺の胸に飛び込んできた。

「ありがとう……」

 俺の気持ちは伝わっているようだ。
 俺は何があっても、この先の人生でルナを守り続けるだろう。

「殺そうとしてすまなかったな……俺は幻魔獣の召喚士 サシャ・ボリンガーだ」

 俺が謝罪と自己紹介をすると、酔ってルナに触った村人は更に驚きの表情を見せた。

「幻魔獣の召喚士様!? 申し訳ありませんでした!!」

 『幻魔獣』という称号はこういう時に便利なようだ。

「頭をあげてくれよ……俺も長旅で気が立っていたんだ。お互い今日の事は水に流そう!」
 俺は完全に村人を許してやった。