「……やめろよ」
「その気になるから?」
「……なんかお前、泣きそうだから」
「泣き……そう?」
 桃が甘すぎたな、とアベ君が小さくあくびをした。
 甘すぎたから、きっとなんだか泣きたくなったんだろ。
「そんなもん?」
「そんなもん。やっぱシャワー面倒」
「うん」
「舐めて」
「え?」
「ウエノが舐めて、全部キレイにして。オレ、そんで寝る」
 人の家のソファだと思って、べたつくのなんてどうでもいいんだろうと言っ
てやったら、猫みたいな顔をして笑った。口角が上がる、機嫌がいいときにだ
け見せる、目尻の下がった猫。
「ウエノ」
「なに」
「好きだ」
「……なに、」
「桃が甘かったから口がすべった」
 俺はアベ君の手を取って指を絡ませる。舐めてやんないといけないのはオレ
の方だったか、とおどける彼の、その唇にくちづけを落とす。
 俺も好き。
 あんたのことが。
 俺も、好き。
 桃の香りが空間を満たす、俺とアベ君の間の空気はきっと薄ピンクのそれに
染まってしまって甘くべとつく。
 うん、と。
 頷いて、俺がもしも泣きそうだとしたらそれはあんたを好き過ぎるせいだよ、
という言葉を口にしないまま、ただもっと深くくちづけた。
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お粗末さまでした。