本日中秋の名月ですね。ってことで。
――――――――――――――――――――――――――――
 月がオレを追いかけてくるから。
 だったら逆に月を追いかけてやろうと。
 そう思ってただ夜を歩いた、明るすぎる月光が星達を巻き込んで見えないは
ずの雲のふちなんかを白く浮かび上がらせている、暗闇ではない夜を。
 あの浮かび上がる雲のふちを見ていると、小さな頃作ってもらったホットケ
ーキを思い出す。店で出てくるようなふっくらしたものではなく、母親が小麦
粉と砂糖と卵と牛乳あたりを適当に混ぜてフライパンで焼いたやつ。焦がした
バターでふちがカリカリになる、あの薄っぺらい甘さの。
 月の野郎を追いかけていたのにオレの足はなぜだか知っている通りを歩いて、
気がつけば茶色い髪をした男が住むよく知ったマンション前に出る。
 なんだよそれは、と思うのに月は冷たく笑って、つかまえてごらんよ、とで
も言うように空の高いところに引っかかっている。だからオレも高いところに
行かなきゃならない気がして、階段を上った。

「……で? 月についてきたら俺んとこに着いたって?」
 なんだよそれ、と呆れた口調ながらも唇が持ち上がってしまっているウエノ
がオレを招き入れる。
 日中雨がすごかったからね、と奴が言う。
「随分涼しくなっちゃってるから、ビールじゃなくてコーヒーでも淹れたげよ
っか」
 オレはなにやら注ぐような手付きをしたウエノの手首を黙って握った。
「アベ君?」
「……むかつくから」
「なにが?」
「あれ、取ってくれよ」
 空いている手の人差し指でくっきりと指した満月に近い月。
 無理難題を言っているのは百も承知で、ただなんだかこのままだとオレがウ
エノに会いたかっただけみたいになっているのがどこか腹立たしくて、それで
そんな我儘を言ってみる。