セックスでも、心でセックスすることを知ると、刺激で得られる快感に流されなくなります。
心でセックスするなんてキザな言い方ですが、終わった後に後悔や後ろめたい気持ちがなくほっこりするセックスのことです。
温かい気持ちになり、その相手に出会えたことに感謝したくなり、今までの人生がこの出会いやセックスに繋がるためにあったんだと思えるような至高の幸福感に包まれる感じです。

このセックスには熟練のテクニックはいらないし、名器や高性能の男性器でなくても大丈夫です。
体位もアクロバティックなものである必要はないし、激しくない方がいいです。時間もそんなにかける必要はありません。
ただただ、互いを見つめ、深く愛しみ、心から湧き上がって来る感情のままに繋がればいいだけです。
セックスで幸せを感じたことがある人は、みんなわかるはずです。

この心からのセックスを知っていると、どんな刺激的なセックスもそれには敵わないものです。あなたは、きっと知らないのでしょう。
僕もいろいろと刺激的なセックスをしてきました。一盗二婢三妾四妓五妻(いっとうにひさんしょうしぎごさい)とはよく言ったもので、禁じられた相手といけないことをしている時の興奮や、性技に長けた人とした時の快感が強いことは理解しています。
でも、だから何? って感じでもあるのです。

セックスで得られる快感は、どんなものであれその瞬間だけの一時的なものです。
忘れらないほど気持ちよかったと思うセックスを再現しようと、同じ相手と同じ場所で同じ手順でしても、全く同じ気持ちよさにはなりません。
気持ちいいセックスを繰り返しすると、肉体が開発されてあるレベルのところまで快感度は上がりますが、それ以上繰り返すと身体的快感は弱まります。慣れが出てきます。
その先には飽きがあります。

体で感じる快感は一時的なもので、確かにあったけどまやかしみたいなものだと思えると、それに流され後悔するなんて馬鹿らしいと気づけます。
オナニーで代用がきく快感は、所詮はその程度だったのです。

セックスは後に引きずらず、その場その場でその時だけ思いっきり、だけども後悔の残らない範囲内で楽しむのがいいと思います。

昔、マナー教室で講師をしているという女優さんがいました。彼女は、よーいスタートの合図とともにいきなりしゃぶってきました。
「ちょっと、いきなりはマナー違反じゃないんですか?」と言って止めようとする僕に彼女は「セックスにおけるマナーはゴムの着用のみです」と返し、一心不乱にしゃぶり続けました。

彼女とのセックスは、段取り感がなく、互いにむさぼり合うような感じでとても気持ちよかったです。
彼女も「やっぱり男優さんは凄いですね」と事後、手足を震わせながら感想を伝えてくれました。
でも帰る頃にはケロッとして、馴れ馴れしくお別れのチュウをしようとしたら「また今度ね」とたしなめられました。

どれだけ気持ちいいセックスをしても、そこから何か生まれたりはしないのです。
生まれたと思っちゃったとしても、それはまやかしですから必ず消滅します。

セックスに期待し過ぎないでください。
ただ、自分の中で何か感ずることがあったのは事実で、それを自分なりに受け止め、また新しいセックスをしていくのが一番いいセックスとの付き合い方だと思います。

体の快感なんて、心で感じる幸福に比べたらちっぽけです。
恋もセックスも、過去は過去として引きずらないように。

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森林原人さん

終わり