かつての“東京の玄関口”上野駅。
東北新幹線の終点が移転したことで東京駅にその座を譲ったが、今なお多くの乗客が行き来する。
上野駅の周辺といえば、上野動物園や国立科学博物館など文化施設が集中する上野恩賜公園、年末の賑わいでおなじみのアメ横、はたまた東上野のコリアンタウンなどを思い浮かべる人も多いだろうが、風俗ユーザーにとっては、ファッションヘルスやソープランドがある風俗エリアのひとつとして認知されている。
といっても、一か所に集中しているわけではないので、よほどの風俗通でもないかぎりそのイメージは薄いかもしれない。

その昔、上野エリアには、未許可でマンションの一室で営業を行なう風俗店が数多くあった。
アメ横の一本隣の路地裏にあるマンションにファッションヘルスがあったりして驚かされたものだ。

現在、そういった店は淘汰されたが、それでもその名残りはある。
それが、JR上野駅の上野浅草口から歩いて1分の場所にある『A』というマンションだ。

国道沿いにあり、一階には飲食店などのテナントが入っていて、見た目はいたって普通のマンション。
築年数は、かなり古く見えた。風俗通の中でのマンションの異名は、『上野の九龍城』だ。

九龍城は、かつて香港にあったスラム街と化した城塞。
当時、同地を統治していた政府すらノータッチで、城塞内では薬物の取り引きや売春行為が横行、無法地帯と化していたという。
香港の中国返還に伴って取り壊されたが、その混沌とした存在感が異彩を放っていた。
つまり、上野の『A』も“そういったウワサ”が絶えなかったのだ。

『A』は12階建てで、部屋数は230部屋前後。そして、その多くが違法風俗店だと言われていた。
2010年に大規模な一斉摘発があった際には、半数以上がアジア系の違法エステであったと伝説的に語られてもいた。
当時を知る関係者は、

「日本人によるマンションヘルスもあったし、個人経営のニューハーフヘルスもあった。8割が裏風俗関係だったと思う。
うつろな目つきで廊下を歩く人も少なくなかった」

と教えてくれた。

実は筆者は、10年前に『A』の中にあった風俗店を利用している。
まず驚いたのは、マンションの入り口に所狭しと看板が置かれていたことだ。
もちろんマンション内で営業している店のもので、主にアジア系のエステ店。その中には非風俗店の看板もあったが、極僅かだった。

看板を見て、気になった店に電話すると、案の定カタコトの日本語で対応され、なぜか裏口から入るように指示された。
建物の裏手に回るとドアがあり、そこから中に。もしかしたら、正面玄関には監視カメラがあって、客が映るとマズかったのかもしれない。

内部は普通のマンションとさほど変わらず、筆者が立ち入ったフロアには看板もなかった。
ただ、玄関に店の名前が書かれたプレートが結構吊るされていたことは覚えている。

指定された部屋の玄関を開けると、アジア系の外国人女性が出てきた。
そして、「コノミセハ フツウノ エステ」と言いながらも、「オプションハ オンナノコノ ジユウ」と意味深な笑みを浮かべた。
つまり、最終的な行為は女性次第で、店は関知しないというスタンスだ。

受付を済ませると、別室のマッサージルームに通されて女性とご対面となった。女のコは、それなりに可愛かった。
料金はマッサージ代で5,000円だったのだが、「アト1マンデ…」と交渉してきた。
筆者がその話に乗ったかは想像に任せるとして、とにかく、『A』が九龍城と呼ばれる所以を身をもって体感したのであった。

その後も数回『A』の中にある店を利用したが、前述のとおり、2010年の一斉摘発で上野の九龍城は落城した。
聞いたところでは、それからも看板を出さずに営業していた店もあったのだという。

続く

以下ソース
http://www.menscyzo.com/2017/09/post_14793.html

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