だが、クスリが切れると、その反動から、疲労で起き上がることもできなくなる。だから、またクスリを打って“元気”になろうとする。その繰り返しで、体はボロボロになっていく……。
薬物で多くのものを失った田代氏に、一番つらかったことを聞いてみると、こう話してくれた。

「やはり、家族が去ってしまったことですね。いつも一緒にいて、あんなに楽しかったのに。家族が何不自由なく暮らせるよう愛情を注いでいたのに……。
あのときは“これだけのために俺から去っていくのか”って思っちゃいましたけど、考えてみれば、いろいろあったんだと思います。子どもの学校のこととか、近所のこととか。
お義母さんからも手紙をもらったことがあるんです。“いろいろ良くしてもらったけど、今回の件で洗濯物も外に干せなくなりました”って」

だが、それだけつらい目に遭っても、同時に“まだ、やりたい”と思ってしまう自分がいたのだという。

「これがクスリの魔力です。“1回でも多すぎて1000回でも足りない”といわれている」

1回で虜になり、そうなると1000回やってもまだ、やりたくなる……なんとも恐ろしい言葉だ。

「自分のような立場の人間が、してはいけないことをしてしまったという自覚はあります。それに、周囲の人たちには本当に迷惑をかけましたから、反省もしています。だから記者会見では、“二度としない”と言いました。実際に“必ずやめてみせる”とも思いました。
でも本当は、やめられる自信はありませんでした。実は今でも、やりたいと思うときがあります。それが苦しくて、死のうと思ったこともありましたが、そんなときでも“どうせ死ぬなら、その前に一度……”と思ってしまう。
こんなことを言うと、ふざけてるとか、甘えてるとか思われるかもしれませんが、薬物依存は、そういう“病気”なんだと、この施設で学びました。しかも、不治の病なんですよ」

やめたい、やめられると思う自分がいる反面、やりたい衝動が頭をもたげてきて、体が反応してしまう。そんな葛藤が常につきまとい、一生続いていく。それが薬物依存の実態なのだ。

「でも、そんなことを、こうして外に対して言えるようになったことこそが、回復への第一歩なんです」

やめられないと言えることが克服への道とは、どういうことなのか。実際の薬物依存症治療について、日本ダルクの近藤恒夫代表に話を聞いてみた。
自らも薬物依存で苦しんだ経験を持つ近藤氏は、同じような人たちがどのように薬物依存と向き合うべきか、30年以上にわたって取り組んできた人物だ。

「薬物は“恋人”なんですよ。恋人と別れると寂しいでしょう?それと一緒。引き離そうとすればするほど燃え上がるものなんです」

では、その“恋人”を忘れるためには、どうすればよいのか。

「恋人に代わる人間関係を築けるようにならなくてはいけない。だから我々は、“ミーティング”と呼ぶグループセラピーを基本とした治療を行っています」
田代氏も、これによって依存症から回復への一歩を踏み出せたのだそうだ。

この“ミーティング”は、1日に3回、10人前後の人が集まって一人ずつ話をする。

「薬物をやめられたという話じゃないですよ。その日の自分の正直な気持ちを話すんです。最初は、自分はセラピーを受ける他の人たちとは違うと思っている人も、ミーティングを重ねていくうちに皆、同じ気持ちだと気づくようになる」

ここでのポイントは、未来の話をしないことなのだそうだ。

「先のことは分からないんだから、言わないほうがいい。するのは過去の話です。どうしてクスリを始めて、何があって、ここに来ているのか。それを話せるようになるまでに1年はかかりますね。
最初は皆、やめると言います。でも、やめられないから、ここに来ている。“ジャスト・フォー・トゥデイ”というんですが、一日だけやめてみようと考えるんです。自分の思い通りにならない日を、今日一日だけを受け入れようと」

長いスパンでやめようとすると絶対に続かない。でも一日だけなら我慢できる。その繰り返しなのだという。

続く