戸叶和男『日本奇習紀行』

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 終戦後間もない1948年1月に発覚した、いわゆる「寿産院もらい子殺し事件」では、孤児院・寿産院の経営者である夫婦が、自分が食うにも困り、貧困に喘いでいる母親から子供を預かり、彼女たちから金品を騙し取った挙げ句、子供を求める人々に勝手に“転売”するという、俄かに信じがたい行為を日常的に続けていたことが明らかとなったが、我が国の長い歴史を見てみると、世の中にはこうした邪な目的で子供を貰い受ける輩が少なからず存在し、それが世のドサクサに紛れる形で黙認されていた時期があることに、我々は気づかされる。

「まあ、今の時代の人らからすればですよ、それこそ"おかしいことだらけ"なんだろうと思いますけれどもね、少なくとも当時の我々にとっちゃ、その“おかしいことだらけ”の状態ですら、“致し方のないこと”だったんですよ」

 戦後間もない頃、自身が住んでいた東京のとある地域で、表向き「町の名士」として知られていたという、とある初老の男性について、そう語り始めたのは、彼の家と隣接する家に長らく暮らしていたという春山巌さん(仮名・94)。春山さんの話によると、代々続く資産家でありながらも腰が低く、独特な品格とインテリジェンスを兼ね備えていたというその男性は、生まれ持っての端正な顔立ちが放つ魅力も相まって、それこそ、道ですれ違う人の多くが思わず振り返るような、“地元のカリスマ”であったのだという。

「そりゃあね、何代か前まで日本橋に大店を構えていた老舗の呉服問屋の出だというし、それこそ映画スタアみたいな整った顔立ちなものだから、日頃の行いを知らない人からしたって、その“特別な感じ”はわかったと思いますよ。しかもです。戦争で身寄りがなくなった子供だの、望まれない形で生まれた不義の子だのといった不遇の環境にある子供たちをですよ、身銭を切ってまで拾ってね、実の子のように育ててるだなんていう話があったぐらいですから、まさに“絵に描いたような名士”ですよ」

 日本はまだ、終戦後の復興が始まったばかりで、国民の大半が、食うに困るという時代。そんな世情にあって、わざわざ不幸な境遇にある子供たちを探してはそれを貰い受け、血の繋がった我が子のように養育しているとなれば、たしかに春山さんが言うところの「名士」だと言えるだろう。しかし、そんな希代の名士ともいうべき人物が、後年、人名辞典にもWikipediaにも掲載されることがなかったのには、“それ相応の理由”が存在していたのだという。

「実はですね、その紳士。あちらこちらから集めてきた年端もいかない子供たち相手に、それこそ“大人がするようなこと”をしていたらしいんです。要は、今で言うところの性的虐待ですよ。けれどもね、そのことがわかってからも、うちの家を含めて、近隣の住民はおろか、議員の先生やら、駐在さんやらといった面々までもが、そのことを必死になって隠そうとするんです。それどころか、いくら子供たちがですよ、その紳士の目を盗んで逃げこんで来って、逆にお説教をして家に送り届ける始末。本当におかしな話ですよ」

続く

以下ソース
https://tocana.jp/2018/11/post_18767_entry.html

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