今も語り継がれる名作映画には、大女優が体当たりで濡れ場を演じている作品も多い。映画『道頓堀川』では松坂慶子、『天城越え』では田中裕子の乱れた様が、見る者の心を熱く滾らせた。そんな濡れ場の撮影で欠かせないのが「前貼り」だ。普段は関係者しか見ることのできない奥深き世界へご案内する。

実際に「前貼り」の現物を目にしたことがあるかといわれると、ほとんどの人は「NO」だろう。それは当然で、そもそもは局部が映像に映らないようにするため、または撮影現場で他の俳優やスタッフから最低限局部を隠すための“マナー”の意味合いが強く、あくまでも「舞台裏の小道具」であり、決して視聴者の目に触れてはいけないものだからである。

前貼りはどのように使われ、進化してきたか。証言してくれるのは、85歳にして現在も現役監督として撮影を行なっている映画界の重鎮・小川欽也氏だ。ピンク映画第一号と言われる『肉体の市場』(1962年・大蔵映画)では、助監督として作品に携わった。

「あの頃は別に前貼りというのはなかったんだよね。ピンク映画の最初の頃は大したカラミもなかったから、前貼りをするほどではなかった。前貼りはせず、要するに隠して撮るような感じでやっていたね」

では、前貼りが使われるようになったのはいつからか。

「古い話だから記憶が曖昧なところもあるんだけど、1964年の東京五輪後、大体1970年頃のことじゃないかな。その頃から作品の内容がだんだん過激になって、映倫の基準も緩くなってきて、全裸での撮影がOKになったんだよね。それでも『体位だけずらしてくれ、本当にやってないという形で撮ってくれ』ということで、『それじゃあ隠したほうが良いだろう』ということになった。それで前貼りをガーゼで作って、周りを指に巻くようなサイズの絆創膏でとめた。それが最初かな」

ただ、激しい動きをすると取れてしまうことも多かった。そのため次なる工夫が行なわれたのは1976年。

「当時、原悦子を大々的に売り出したんだけど、ガムテープだかテーピングテープだかを貼るというのを彼女が自ら考案した。ガーゼを幅の広いテープで覆う形だね。別の女優が『ガムテープをそのまま張ったほうが早いですよ』って言って、自分で直接貼っちゃったんだよ。そしたら剥がすときに『痛い! 痛い!』ってなって、それでやっぱりガーゼはあったほうが良い、ということになった(笑い)」

この頃は決まった型や製品もまだなく、前貼りの黎明期でもあったようだ。文献を紐解くと、様々な素材を用いた前貼りの証言が残る。

〈ベベ(伊佐山ひろ子さん)と『普通の前貼りじゃ小さい』と話して、お互い大判のサロンパスをそのまま貼ったんです。だからスースーしながらやってるの(笑)〉(ロマンポルノの女王と称された白川和子。『サンデー毎日』2012年11月18日号)

〈たたんだティッシュをその部分に当て、上から布のガムテープを貼ります〉(ロマンポルノ出身女優として名を馳せた東てる美。『週刊大衆』2010年5月3日号)

〈前貼りは大きいバンソウコウでとめたほうが痛くない〉(80年代にノーパン喫茶の女王としてブレイクしたイヴ。『FRIDAY』1989年12月22日号)

このほか、色が目立たないベージュの伸縮するサポーターをサイズに合わせて切り、布テープ等で貼り付けるというものもあった。より自然に見えるよう、ペンで陰毛をサポーターに描き込むこともあったという。このような様々なタイプの前貼りを、役者や現場ごとに柔軟な判断で準備し使用していた。

最近は写真のような製品化された前貼りが登場。「撮影用前貼り」として販売されているものや、「貼り付けるパンティ」として売られているものを代用することもある。肌に負担をかけない粘着力で、価格は数千円程度。このような商品が登場している一方で、小川氏によれば前述のような手作りタイプの前貼りも未だに現場では健在だという。

濡れ場の数だけ前貼りもまた存在する。心に残るあの濡れ場で使われていた前貼りはどれだったのか。想像してみるのもまた一興だ。

以下ソース
https://www.news-postseven.com/archives/20200327_1550281.html

★関連板★
■えっちな話題なら”ピンクニュース”
http://mercury.bbspink.com/hnews/
■新作AV情報なら”AV情報+”
http://mercury.bbspink.com/avplus/