0001逢いみての… ★
2020/08/01(土) 23:58:13.83ID:CAP_USER今でこそ一般の人々が自由に恋愛・結婚することは当たり前の権利として許されているが、それこそたった数十年前には、まだ日本でも、ある意味、“不自由な男女関係”が一般的であった。しかもそうした状況下においては、たとえ普通の恋愛や結婚を手に入れることができたとしても、彼らは思わぬ負荷を強いられていたようだ。
「まぁ、そういう時代だっからね。今じゃ考えられないだろうけども」
かつて東北地方のとある寒村に定着していたという一風変わった婚姻スタイルについてそう語りはじめたのは、当地で生まれ、現在もなお、息子たちと共に農業で生計を立てている上條猛さん(仮名・82)。上條さんによると、その昔、当地においては、他地域から嫁いできた女性が、嫁ぎ先の男性全員の“お相手”をつとめることが慣例となっていたのだという。
「昔からこのあたりじゃ嫁不足でね。家を継げる長男ならまだしも、次男から下はいい歳しても所帯も持てずに畑仕事を手伝うだけの奴隷みたいな扱いになっていたんだよ。要はそういう連中の慰みだな」
家の跡継ぎとして大切にされる長男とは違い、それから下の弟たちは、単なる労働者として扱われてしまい、嫁の来手すらなかったという当地。しかし土地を離れてよそに行かれては、“働き手”という意味で困った状況となるため、ある種のガス抜き目的で、長男の嫁が夜の相手を任されていたというわけだ。
「まぁ、嫁さんからしたら嫌だろうけど、そうやってつなぎ留められれば、いつまでもタダでコキ使える働き手を確保できるんだから、死ぬまで安泰。割り切ってやっていたのだと思うよ」
古い時代の、それも深刻な嫁不足である地域ならではの“生きる知恵”ともいえる当地のこの習慣。その結婚生活は、誰もが自由な恋愛と結婚が許されている現代の我々からすれば、なんとも不自由で、理不尽なものであったといえそうだ。
文・取材=戸叶和男
以下ソース
https://tocana.jp/2020/08/post_164467_entry.html
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