0001逢いみての… ★
2020/08/15(土) 23:06:52.62ID:CAP_USER* * *
こういったことを書くと「こいつは友達がいたことがないんだなwwww」や「惨めな学生生活を送っていたんだな」と憶測による罵倒や、「オレは学生時代の友人と今でも親友関係だ」という自慢(笑)が殺到するのが常です。でも、現実的に考えると46歳になった今、社会人になった後に出会った知人・友人の方がよっぽど大事だし、助けてくれるんですよ。学生時代の友人こそ至宝!的な考え方は「まぁ、一生あなたは過去にしがみついてくださいね」としか思えません。
一緒に仕事していないのに何をあなたたち話すんですか? どうせ違う業界に皆進んだわけだから、それこそ思い出話が尽きたら話すことなくなるでしょ?
とはいっても、私自身、今でも大学時代の同級生・Y嬢と一緒に、2人だけの会社を経営していますし、モノカキ関連の“同業者”と言っても良い千葉商科大学准教授の常見陽平氏とジャーナリストの治部れんげ氏の3人とは今でも接点があり、大切な存在だと思っています。ただ、ここには仕事が絡むから関係性がキチンと維持されている部分があるわけです。
ここまで書いた段階で「こいつは社会生活不適合者だ!」「こんなヤツに友達がいるわけがない!」といった意見が出てくるわけですが、私だって社会人になってからの友人は大勢います。そして、今でもそうした人々からの飲み会のお誘いなども頻繁にある。コロナ禍の前は国内外を問わず彼らと一緒に旅行を年に数回してきました。
いちいち「学生時代の友人」を聖域化し、「最後に信用できるのは学生時代の友達だ」という人がいるのは分かる。でも、年に2回以上会う学生時代の友人って何人いますか? 多分、これがすべてなんですよ。
いったい何百人の友人が過去にはいたのか。小学校から中学校、高校、専門学校、大学にかけて友人と呼べる人は多数存在したでしょう。それなのに、年に2回以上会うのはせいぜい1人か2人。結局、彼ら・彼女らには、各々「今現在の私の人生」があるんですよね。学生時代の思い出というものを否定する必要はありませんが、今の私の人生にはさほど影響を与えない――。
少し寂しいかもしれませんが、そう考えるのが現実的だと思います。それなのに、とにかく聖域化された「学生時代の友人は貴重」論により、社会人になって以降の人間関係を無駄に否定する人もいる。
そりゃあ、病気になった学生時代の友人を救うべくカンパを集め、手術費用を捻出した、といった話も聞いたことがあります。それはその方々の絆が深かったということで素晴らしいことです。ただ、一般化できないんですよ。
私自身、困ったことがあると、社会人になってから知り合った人たちが助けてくれるケースが圧倒的に多い。最近でも、「今の仕事を辞めて地方に住みたい」と発言したところ、よく行っていた中華料理店のシェフがとある地方にUターンしていて「だったらウチの裏の畑も貸すからそこで畑耕せばいいよ! 部屋も借りられるよう便宜を図るよ!」と言ってくれたり、知り合いのライターが「○○県庁の人が観光情報を発信してくれる人を探しているんですけど、一度打ち合わせしましょうよ!」などとオファーをしてくれたりしています。
結局、人間関係は「現在進行形」に近ければ近いほど頼りになるんです。そういった意味では一旦切れてしまった人間関係に頼る人生は送りたくないですね。一生同じ土地に住むのであれば別かもしれませんが。
以下ソース
https://www.news-postseven.com/archives/20200815_1586931.html
★関連板★
■えっちな話題なら”ピンクニュース”
http://mercury.bbspink.com/hnews/
■新作AV情報なら”AV情報+”
http://mercury.bbspink.com/avplus/