性教育についてド素人の私が、最も「進歩だ」と感じたのは、どの学年の教材でも「性被害を受けた被害者は悪くありません」というところに、アンダーラインまで引いて強調している点だ。

これまで新学期や夏休みなどの長期休暇前になると決まって配られていた「防犯対策」のプリントには、スマホの使い方や外出、友達関係についての注意点について、禁止事項がズラズラと並んでいた。

◆SNSを使用するときは、個人情報に関わることは書き込んではいけません
◆SNSで他者に強要されても自分の裸や下着姿などの自撮り写真を投稿してはいけません
◆夜間の外出は〇時までとし、繁華街には友人同士(保護者の同伴なし)で行ってはいけません

などといった感じの文言が上から下までぎっしりと並んでいる。

これは暗に「禁止事項を破って被害に遭った生徒は、ルール違反(悪い子)」と断罪しているようなものだと思う。

しかし、今回の教材では、学校で禁止されている行動をした結果、性犯罪の被害者になってしまった場合でも「責めるべきは性的加害者であり、被害に遭った子は悪くない(責められるべきではない)」とフォローしている。

また、性犯罪の加害者が、見ず知らずの他人だけでなく、『自分の身近な人』である場合があることを明記した点にも新しさを感じた。

実際に性教育に関わってきた専門家たちは、今回の教材をどのように見るのだろう。

元・保健室の先生で、現在フリーランスの性教育講師、思春期保健相談士であり、SNSで「にじいろ」のハンドルネームで活動している。

「非常に大きな一歩ですよね。私も実際に教材を見て、ツッコミどころは多々あれど、日本の性教育を変えるチャンスと捉えています。

主眼が性被害対策なので、全体的に性のネガティブ面というかリスクの話ばかりであることから、性教育関係者からは“もっと包括的性教育を! 国連が出している国際的な性教育カリキュラムである『国際セクシュアリティ教育ガイダンス』に沿った性教育を日本でも!”という声も聞かれます。

もちろん最終的に目指すところではありますが、まずはこれを軌道に乗せていって、ゆくゆくは指導要領や国全体が変わればと思っているので、私自身はあまり否定的な意見を大きくしたくないと思っています。

『生命(いのち)の安全教育』という名称にも、様々な意見が出ていますが、私が性教育を始めて感じるのは、思った以上に「性教育」「性」という言葉に抵抗、苦手意識がある教員や子ども、保護者が多いことです。きっと性教育後進国の日本では、いきなり「包括的性教育」と言われるよりも「生命の安全教育」のほうが受け入れられやすいのかもしれません。

痴漢など身近に起きているのに触れにくかったことも、この教材により話がしやすくなることを期待しています。『性』と『暴力』という、語りにくいとされていたことが取り上げられることで、子どもたちがSOSを出しやすくなればいいと思います。また、『被害者』だけでなく『加害者』『傍観者』にならないようにという視点を大事にしているもいいですね」(にじいろ氏)

続いて、中学・高校などで性教育の講演を精力的に行い、緊急避妊薬の市販化などの啓発活動を続ける産婦人科医の「えんみちゃん」こと遠見才希子氏にも話を聞いた。

「いわゆる性教育の一部として『生命(いのち)の安全教育』ということで性暴力を中心に扱うことが国主導で決まったということは、とても大きな一歩だと思います。

ただ気を付けなくてはならないのが、伝える側が性暴力の実態を把握できているのかという点です。

たとえば性暴力の加害者の多くが“知っている人”であることとか、二次被害、レイプ神話といった偏見や誤った社会通念が存在することなども踏まえたうえで伝えないと、教育そのものが二次被害を与えてしまう可能性があることを一番危惧しています。

幼児用教材で「自分の体は自分だけのもの」というメッセージ、プライベートパーツ(水着で隠れる部分の胸、性器、おしりと口)、そしてそれだけでなく「みんなの体もすごく大事だよ」と伝えるあたりはすごくいいと思います。このプライベートパーツに関する概念は性教育でも性暴力予防にもとても重要な部分です。中、高校生も概念を教わる機会がなかった生徒が多いと思うので、ここはすべての学年が学んだほうがいいのでは、と感じました。

続く