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「…なんてこともありましたね、僕たち」
「忘れてくれ…」
隣に立つすっかり髪の短くなった男の脇腹を僕は笑いながら肘でつつく。
黒い手袋をした手で後悔の色を濃く滲ませた顔を覆う赤井の仕草はまるで外国映画の俳優みたいだ…と本人には言わないけど。
「あはは、忘れませんよ。全部あなたとの思い出です」
僕の言葉に赤井は微苦笑を返すと、マフラーに埋もれている僕の髪を指先ですいた。
数年前、やはりクリスマスに組織の任務で訪れたこの街に僕と赤井は来ていた。
あの日も今日もここはイルミネーションとクリスマスソングと人であふれている。
それなのに自分の状況が違うだけでこんなにも気分が違うものなのか。
あの時はとにかく邪魔でしかなかったクリスマスツリーも、今は見ているだけでわくわくとした暖かい気持ちが胸の中にあふれてくる。
僕はそっと赤井の左手に自分の右手を絡ませた。
一瞬驚いたような顔をしてこちらを見た赤井だが、すぐに痛くない程度に強くぼくの手を握り返してくれる。
これだけ多くの人がいてみんな自分たちのことに夢中なんだ。
一組くらい男同士で手を繋いでいたって誰も気にもとめやしない。
「あなたとこんな風にクリスマスを過ごす日がくるなんて思ってませんでした」
「俺もだ」
今は煙草を吸っているわけではないのに、寒さのせいで赤井の口から白い息がこぼれる。
今日この日のためにここ数日仕事を必死で片付けてきたのだ。
目の下の隈がいつもよりさらに濃い赤井もきっとそうなのだろう。
どうか今夜はポケットの中のスマホが震えないようにと、僕はツリーのてっぺんの星に小さく願う。 
「ところで零君」
ふいに赤井が広場から見える高い建物を右手の人差し指で示す。
「あのホテルの最上階のレストランを予約してあるんだが、これから俺とシャンパングラスを傾けてはくれないか」
その建物があの日通りすぎた高級ホテルだと気づくのに時間はかからなかった。
何だ。こいつだって僕との思い出を大事に覚えてるんじゃないか。
込み上げてくる笑いを抑えることなく僕はニヤリと口角を上げた。
「良いですよ。その後にベッドに引きずり込んでくれるんでしょう?」
バーボンの頃を思い出して少しだけ煽るように目を細めた僕に赤井は柔らかく表情を崩す。
「もちろんだ。ただし、暖かい部屋のダブルベッドだがな」
鞄の底に忍ばせたプレゼントはディナーの後に渡そうか、それとも明日の朝に枕もに置いておこうか。
幸せな悩みに頭を悩ませながら僕と赤井はブーツの踵を同時に蹴りだした。