空気読まずに長文投下するで


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ねんううは初日から不機嫌だった
自分はロシアへ出荷されると思っていたのに気付いたときには日本のところざわしに配送されていて
しかも自分の飼い主となるのは冴えない風貌の中年男性だったからだ
そのうえ頭髪はまだらでどこか不健康そうな小太りの体型だ
こんなの自分の思い描いていた飼い主像とは真反対だーー

「ねんうう、ご飯やで!」
男はねんううが初日から素っ気ない態度を取っているというのに相変わらずにたにたと笑いながら話しかけてくる
「今日は卵丼や!お揚げとしめじから良い出汁がでてて美味いで」
ねんううが好きなのはカツ丼だ
にも関わらず男がカツ丼を出してくれたのは初日の夕飯一度きりで、以降は肉なんて見たこともない
男の住む家は古い木造アパートの一階に位置した一室で、とても狭く窮屈なものだ
家具も物も最低限しかなく、彩りのある生活とは無縁の象徴のような部屋だった
ねんううの寝床も粗品のタオルを二重に縫い合わせて作られた粗末なものだった
ロシアやみなとく等に出荷されていったねんううたちの贅沢な待遇っぷりを耳にする度
つい自分の環境と比較してしまい心に暗い陰を宿してしまう
せめて、せめてーー

「……おじさん、びくとるをかって」
普段はろくに返事の一つもしないねんううが言葉を発したとき、男はたいそう驚いたとでもいうような顔になった
「なんやねんうう、びくとるが欲しいんか?」
「………………」
ねんううは口を閉ざした
せめてびくとるがこの家に来てくれれば、粗末な家や食事、飼い主だって我慢して二人で楽しく生きていけると思った
ねんううはこの家にやってきて未だ我が儘の一つも言ったことがない
落胆と悲しみが大きすぎてこの男に何も要求する気になれなかったからだ
びくとる一人をおねだりするくらい、ねんううには権利があるはずだと思ったーーしかし
「そうか、ねんううはびくとるが欲しいんか……そうか…………そうやな」
男はびくとるを渋っているかのような様子だった
「………………だめなの」
「いや、駄目ってわけやないで!ただちょっとわいが、」
「ぼくはびくとるすらかってもらえないの……」
ねんううは食い下がった
他のねんううはもっと色んなものを買ってもらってる
声色に嫌味が混ざっていてそれを自分でも嫌だなあと思ったがどうしても止められなかった
「びくとるがほしいってそんなにわがままなことなの」
気が付くと目からポロポロと涙が出ていた
それに気付いた男が慌てたようにねんううの目元を拭おうとティッシュを探し始めた
「そうやな!ねんううやもんな、びくとるが欲しくて当たり前やな。全然我が儘じゃないで!」
安物のティッシュは肌ざわりがごわごわする
「分かったで!びくとる買うたる!」
天が拓けたような一言にねんううは思わず顔を上げた
「……!ほんとう?」
「勿論や!……ただわいにも少し都合があってな、びくとる注文するのが少し遅くなるかもしれないんや、それでもええかな?」
「…………ぜったいにかってくれるなら」
「神様に誓って約束や!」
そう言って男は笑った
その笑い顔はねんううの嫌いな、あのにたにたした笑みとは違って爽やかな笑顔見えた
ねんううも久しぶりに自然と口角が上がった