SS ハロウィン 赤安

満月の夜一人の吸血鬼が夜な夜な墓を荒らしている彼の美しい指先はぼろぼろになり、墓石や木片で服を擦りきれてゆく。
見かねた神父が止めに入るも、彼の目を見つめたとたん、膝が溶けていき気がついたら協会の一室に戻っていた

吸血鬼は来る日も来る日も墓を荒らして回る。人々は、人を襲わないが墓を荒らす吸血鬼を噂した。墓荒らしは罪人だが、この吸血鬼はひどく美しくこれを収められる者はいなかったのだ

ある時協会から派遣した年若く穏やかな神父が来た。彼は吸血鬼の蛮行を止めに協会から遣わされたのだ。
神父が吸血鬼の場所を訊ねる。
しかし意外にと村人は口をにごし、答えるものはいなかった
神父は子供たちに聞いて回る。

吸血鬼がなぜこの村にでるのかと。
子供たちは神父を見て、最初に聞いた。吸血鬼を退治するつもりなのか。神父が首を振ると安心したように騒ぎたてる。どうやら村人の何人かは、吸血鬼に助けられたことがあるらしい。

吸血鬼は墓を一定の感覚で荒らす。
その行為が始まったのは数年前からだという。数年前にある男が亡くなったのだ。それはきっと、吸血鬼の大切な人間なのだろう。神父はけして吸血鬼を傷つけない旨を約束し、彼のいるであろう廃墟へと足を向けた。

吸血鬼はすぐに見つかった。彼は壊れていまにも外れそうな十字架の、祭壇の下で横たわっていた。顔色が暗いのは肌色のせいだろう。
神父は懐から瓶を取り出すと、周辺に撒いた。結界を張るためである。
水の音はさしてしなかったはずだが、神父は耳元で妖しく美しい声を聞いた。

「聖水はきらいです」
神父は振り向かずに答えた。優しい殺意を首もとに感じたからだ。たぶんこの吸血鬼は悪意なく人間を殺すことができる………神父はおもむろに下げていたクロスと杭を取り出すと、壁に向かって投げつけた。
鉄と銀の混ざった絶妙な金属音が響く。吸血鬼の戸惑いが背後からでも伝わる。彼は押し当てていた爪を神父の首から離して、口元に笑みを浮かべた。
「諦めるのは早すぎますよ」
「いいえ。諦めたのではないのです」
「では戦うんですか?」
「いいえ」
神父が答えると、吸血鬼は困惑した顔を見せた。辺りは暗く、ろうそくの灯りのない闇夜である。吸血鬼の夜目ならず、神父の目は彼の顔立ちから表情をすべて捉えている。
「探す必要がないんですよと教えに来たんです」
「………聖水まで撒いて?」
「これは結界ですから。結界は内側に閉じ込めるものと、外的の侵入を防ぐ二つの意味があるんですよ」
「それはどういう」
「骨はなかったんだ。零」
吸血鬼が身構え、冷たい眼差しにがらりと変わる。刺すような視線でも、神父は動揺しなかった。
「お前……何を知ってる」
「すべてを」
そして神父は語り始めた。カソック服の襟をめくると、銀の刺繍に縁取られたチョーカーを指で示す。そこには魔力封じの紋様が編まれていた。
「骨は回収されて、最初からここにはなかったんだ」
神父がチョーカーを外すと、カソックに包まれた体がうっすらと光出した。
青白い炎に似た儚いほどの薄い光。

「だから復活するのに時間がかかったし、姿も変えられた。なんせバチカンだ。出てくるのも大変でな」
神父の声が穏やかで優しい者から、低く重たげな声に変わるころには、髪の色と目の色と、それから頬骨の目立つ静観な顔に代わっていた。
「だって………そんな」
吸血鬼が驚きに喘ぐと、証拠と言わんばかりに神父がカソック服の前を開く。蘇生再生に時間がかかるのか、そこには肉のない骨だけの体が存在していた。
あばら骨の隙間から背中の服が見える。まず間違いなく、神父は人間ではなかった。

「赤井……?」
「遅くなってすまない。………ずっと探させてしまったな」
「ううん………いいんだ。戻ってきたならなんでもいいんだ」

吸血鬼の声が震える。五十年近く感情を見せなかった彼の声帯が久しぶりに動揺に揺れた。吸血鬼は神父のフリをしていた伴侶の、肉のついている顔に手をやると、そっと自分の顔を近づけて口づけた。
翌日村人が大慌てで廃墟の協会を探し回るも、吸血鬼も神父も見付からなかった。派遣された神父など最初からおらず、問い合わせても知らないままとされた。
変わったことといえばある協会の神父が、自分が撃ち殺した狼の毛皮が盗まれたことと、彼が首の骨を折って死んでいたことである。階段から足を踏み外したのだろう、と誰かが呟いた。