学生と雑誌やってた時、人間は苦手だが誰かと何かを作りたいという子が多かったので、
酒のようにコミュニケーションも各人で適量がちがうという前提が共有されており、
彼らの間で「散らす」という概念が流通していた。
わいわいやるのに疲れたら「ちょっと散らしてきます」と言って一人になりにいくの。

人間とのコミュニケーションは好悪にかかわらず負荷であるという前提が共有されているので、
「散らす」こと事態に正負の評価はなくて、わいわいやってるときに
「あれ?**は?」
「さっき散らしに行きましたよ」
「あ、そう」みたいな感じ。

いいなぁ
こういう環境行けてたら人嫌いにならずに済んだかなぁ