ほどなく天皇陛下と皇后陛下が現れる。にこにこして、実に上品、しかも優雅。こちらの緊張もほどけていきます。
特に、皇后陛下が色々と気配りをなさるのがすごい。
部屋の温度が暑すぎるのを感じて、「暑いですか?」と言ったかと思うと、ご自分で空調を調整しにいったので、一同びっくり。
職員の人は、し、しまったー、と言う感じだった。
自己紹介のあと、食前酒を飲みながら歓談、という段取りです。我々3人は、酔っぱらうことを恐れ、オレンジジュース。
しかし、陛下は余裕のシェリー酒。お替わりまでした。しかも、酔うそぶりは全く見せない。プロである。
話題が、1992年に陛下が日本の科学に関してした論文(Science誌)のことになった。
実は、その号にN先生の論文も載っている。N先生はちゃんとその号を持ってきていたのだが、陛下の方もそのコピーをちゃんと用意していたのである。
もちろん、お付きの人に準備させたのだろうが、侮れない……いやさすがなのである。
ちゃんと準備しているのだ。招く側の礼儀なのかもしれないが、陛下がそこまで相手に気を遣うのである。
話していて感じるのは、おふたりとも、真剣に理解しようとされていること。
特に皇后陛下は、理解できなかったところは、はっきりそうおっしゃるのである。あわてて、別の表現で解説し直し、納得していただくのであるが、これは正直言って、とても怖い。
理解できるような説明ができなければ、こっちの能力がない証明なのである。
幸い、魚の模様の話題は無事に終わり、今度はN先生が研究の説明をする。
N先生は、最近の神経科学の進歩について解りやすく解説。
両陛下とも引き込まれて楽しそうに聞いている。やれやれ、何とかうまくいった……とほっとしていたのだが、そういう時こそ危ない。ピンチが突然にやってきた。
「従来、神経科学の動物実験には、ニホンザルなどのかなり大きめの猿が使われてきましたが、
ニホンザルでは、遺伝子操作による精密な研究をすることが難しいのです。
そこで近年にはマーモセットという猿が使われるようになり、これで、飛躍的な知能研究の進展が期待されています」
と説明したところで、皇后陛下のカウンターが炸裂。
「そのマーモセットというお猿は、どんなお猿なのですか?」
「へ?」
こちらの3人組は意表をつかれて、顔を見合わす。た、たしかにどんな動物か判らないと、聞く方もイメージ湧かないだろう。
……えーと、これくらいの大きさで、こんな顔をしていて、と説明するが、画像もないし、見たことがない人にうまく伝わるわけがない。
どうしたものかと逡巡していると、さらなる追撃の質問が。
「そのマーモセットの日本語名は何ですか?」
「ほ、ほえ?」
に、にほんごめい?…………確かに、日本語の名称は、その生物種の何らかの特徴を伝えているはずなので、
この質問は鋭い、というか、どちらかというと助け舟を出してくれた、と言うことなのだろうが、
いかんせん、こちらの学者3人組には、その助け舟に乗るための教養がないのである。
果てしなく続くと思われた長い沈黙(本当は10秒くらい)をやぶり、KOパンチでその場を締めたのは、なんと、本日のホスト天皇陛下御自身だった。
おもむろに、静かな声で
「それはね、キヌザルですよ」
そ、そうやった……ぐお〜〜〜、ま、負けた。参りましたorz
そうでした。キヌザルでした。こんなところで、すっと、名前が出てくるということは、膨大な数の種名を覚えているのでしょう。
さすが、陛下は現役の分類学者であらせられます。しかも、知ったかぶりをするように即座に言うのでなく、
こちらにある程度時間を与え、出てこないと確認したのちに、そっと教えてくださるという見事な気配り。
完璧です。恐れ入るしかありません。鮮やかすぎて、負けた我々が気持ち良くなってしまうくらいの見事な一本でした。