ケニーは力が全てだと思ってて、それは彼を生かしてきた実際の理でもあったのね
思考を経験が裏打ちしてできた非常に強固な命懸けの経験則りは、彼に勝った「強者」が
敗者である筈の自分に跪くことで大きく揺らぐ訳だけど
その強者に降る形になったために表面上は今まで通り「力が全て」に見える状態になり
彼の思い込みはある意味そのまま強化されるの。
その後、力を持っている強者であるはずのウーリが、彼の座する高みを至高のものとする自分とは
全く違うものを理想としている事を知るのね。
それはケニおじにとっては上記の理由で理解できないものだったんだけど
己が理想の最高峰にいる者が持つ「理想」を理解できないのは、己が弱者であるからではないか?と
やっぱりゴリゴリに経験則りに基づく判断は下すわけよ。
ケニおじが巨人の力を求めたのは、ウーリが見ていた物を自分も見る為には同じ高みに立つ力が必要だと思ったからで
部下に語った夢はその力を手に入れれば付随するものかつ、力全ておじさんのケニーの茶目っ気たっぷりな希望。
結果、ケニーは最期にウーリの行動を「わかる気がする」境地にたどり着き、それを見た婆が成仏するのよ。
二人を結びつけたのは暴力ではなく愛で、ケニーがウーリと同じ物を見たいと思った
そもそもの理由は彼を愛してたからなんだけど(このスレの方向的に)
気付かないままウーリと同じ物をちょっぴり見られた事に満足して死ぬケニーとか非常に良いわ
自分で引くほど長文になったけど
せっかく書いたから、もうリロードせずに書き逃げするわ
深夜のテンションよ、ごめんなさいね!