「エルヴィンが隠し持っている密書を奪い、暗殺しろ」
 この国の大名がまだエルヴィンで無かった頃。隣国の城下で義賊紛いの事を行っていた破落戸(ごろつき)のリヴァイとその仲間にそう命じたのは、当時の家老だった。
 不正を行い私腹を肥やしていた彼は後ろ楯も無いままに若年寄まで上り詰めたエルヴィンを恐れていた。利権を貪る仲間が次々失脚していく理由をエルヴィンであると確信していた家老は次は自分だと恐怖していたのだ。
 いつかは亡き者に。期を伺っていた家老の元にエルヴィンが「屋敷を大きくしたはいいが、人手が足りない」と溢していたと情報が入った。これが好機とリヴァイ達に莫大な報酬をちらつかせ、不正の証拠の抹消と暗殺を依頼した。
 幼少に親を亡くし、一時期拾われていた男からは人を殺めてでも生きる術を学び、泥を啜るような日々を送っていたリヴァイにとって、家臣同士のいさかいなど関係無い。ましてやそれが隣国となれば尚更だ。 
 偽名を名乗り下働きとして潜入したその日、エルヴィンを遠目から眺めたリヴァイは彼が苦労知らずのお坊ちゃんに見えた。正義感は強そうだがそれだけだ。すぐに達成出来る。ーーそう思っていた。
 しかし、一週間経ってもリヴァイ達は目的を果たせないでいた。

「やっぱりどこにも例のブツは無いな」
 リヴァイは屋敷の裏手にある井戸で掃除に使った雑巾を洗いながら、同じく炊事場から持ってきた茶碗の類いを洗うファーランの言葉に耳を傾ける。
ファーランはリヴァイと共に此処へ来た仲間の一人だ。もう一人はイザベルという少女で、厩舎にて馬の世話を任させれている。二人は炊事洗濯何でも有りの小間使いだ。
 人手が足りないのは嘘では無いらしく、忙殺される日々の合間を縫っては本業を進め、こうして情報交換をしていた。
 水音に遮られる安心感なのだろうか、ここでする会話は間延びする。今日も成果の無さを報告してから、ファーランは溜め息を吐いた。
「それと、お前またやっただろ」
「なにをだ」
「とぼけんな。今日の朝もエルヴィンとやりあったらしいな」
「あれはアイツがせっかく整頓した倉庫を夜の間に底からひっくり返しやがったからだ。文句ぐらい言ってもいいだろ」
「あのなぁ……目立ってどうすんだよ」
 ファーランの忠告は尤もだ。掃除に関して妥協を許さない潔癖症のせいで依頼が失敗になるだなんて目も当てられない。
「ったく、仕方ねぇな。なら今夜、直接奴の寝床を襲う。丁度新月だ。頃合いだろ」
「お、やっとか。俺たちは見張りでいいんだな?」
「ああ、図体がデカいだけの坊っちゃんなんて敵じゃねぇ」
 五尺三寸ほどの小柄な体躯ながらリヴァイの腕っぷしは大男に引けを取らない。更に育ての親から暗殺術の類いも学んでいる。
 小袖に隠した愛用の小刀をそっと指でなぞり、リヴァイは余裕の笑みを浮かべた。