残酷な事件の詳細とか知りたくない人は読まないでね
忠告はしたのでダメな人はスルーしてね
https://www.fnn.jp/articles/-/751059?display=full
被害者の息子の陳述:
「私が母の遺体と初めて会ったのは、ドラマで見る遺体の安置所などではなく、調布警察署の駐車場の一角のスペースです。
台車に乗せられてポツンと置かれていました。冬の寒い日に薄い布だけがかけられて、母がこんな粗末な空間に置かれているとは思いませんでした。
母の顔は生前見たことのない、辛く、無念な顔をしていました。想像を絶する痛みだったでしょう。
母は普通の女性で、普通のおばあさんで、恨みを買うような人ではありませんでした。食事や身支度まで1人でこなし、慎ましく生活する人でした。
健康に注意しすぎるほど、病院によく行っていました。母はあと10年生きたら100歳でした。100歳まで生きて欲しかった。
私は遺体に触れられませんでした。母に会うまでに母の体中の骨が折れていることを知ったからです。残酷な現実を受け入れたくないと、両肩にそっと手を置きました。
私の家族は泣いていましたが私は泣きませんでした。何も思うことはなく、何も考えられませんでした。
天井から俯瞰して見ている感覚で、無心だったと思います。
母は『お父さん助けて』と言っていたそうです。父は20年以上前に死んでいます。
バールで暴行されながら取った必死の行動が、20年以上前に亡くなった伴侶へ助けを求めることでした。
母の手には結束バンドで縛られた跡が残っていました。それを見て、一生懸命に父に助けを求めていたのではないかと思いました。
被告人には憎しみしかわきません。被告人の刑は、当時少年であったことが考慮される可能性があります。
私はこれだけの事件が減軽されてはならないと思います。悲惨な事件を許してならないと思うのならば、極刑に処すことが良いのではないかと。
被告人は私たちに対して罪を償う、申し訳ないと言っています。
私に被告人をバールで20発殴らせて欲しい、20発の内に殺してみせる。目には目を、歯には歯を。
被告人は死刑にはならないでしょう。バールでも殴られないでしょう。そして何年か先に自由になるでしょう。事件のことを思うと全てがどうでもよく感じます。
この事件は連日、センセーショナルな見出しと共に報道されました。
その度に母の名前と写真を見ては、母の死に顔を思い出しました。
私は体力的にも精神的にも疲弊しきり、カウンセリングを受けるまでになりました。この裁判まで本当に長かった。私はここまで這いずりながら辿り着きました。
犯人の姿を見ると私は冷静ではいられないと思います、だから弁護士を通して参加することにしました。
事件について見せてもらえる資料は全てに目を通しました。
母の写真は顔が2倍に腫れて膨らんで、脳みそや内臓を見るために皮膚を剥がされた写真もありました。
中でも細部まで目を通したのは被告人の供述調書です。夜中まで目を通し、メモをとって記憶しました。弁護士のところへ何度も足を運び内容を読み込みました。
裁判まで目にしていた被告人の供述からは、人をなぶり殺した自覚や、反省が感じられません。
裁判での保身としか思えない発言からもその感想は変わりません。
母の死に際の言葉を忘れないで、極刑にならないのであれば出来るだけ長く、刑務所にいて欲しいと思います」