戸叶和男『日本奇習紀行』
「おちんちんはとがってて 月へゆくロケットそっくりだ」という言葉から始まる谷川俊太郎の詩『男の子のマーチ』では、「おちんちんはやらかくて ちっちゃなけものみたいだ」「おちんちんはつめたくて ひらきかけのはなのつぼみ」「おちんちんはかたくって どろぼうのピストルににてる」と、子供の男性器について、実に様々な描写がなされているが、多くの男性にとって、しかも思春期において自身の“モノ”の形状や発育具合は、ややもすると大きな悩みとなるもの。しかしそうした複雑な男心を即座に粉砕するかのような羞恥まみれの風習が、かつてこの国の一部の地域には存在していたのだという。
「そらね、みんなの見てる前で丸出しにされてね、品定めじみたことをされるんだから、こっ恥ずかしいったらありゃしないよ(苦笑)けど、“昔から続く伝統だ”って言われたら逆らえないからね」
かつて西日本のとある海沿いの地域で行われていたという、“少年たちのペニス品評会”ともいうべきなんとも奇妙奇天烈な風習についてそう語りはじめたのは、当地で生まれ育ち、傘寿を過ぎた現在も、現役の漁師として暮らしている横山栄一さん(仮名・84)。横山さんの話によれば、その昔、思春期を迎えた少年たちは、自身の男性器を村の人々がチェックされるのが通例となっていたのだという。
「毎年ね、正月になると、このあたりじゃ、村の天神様に豊漁を祈願する行事が行われるのだけれども、そのときにね、その年、10歳になる(男の)子がね、集められるわけ。それで、天神様への祈願が終わったあとで、村の人間が見ている前に、すっ裸で引き出されて“ご開帳”と(笑)。それで品定めじみたことをされるっていう寸法よ」
そもそも何故、村の祭礼でこのようなことをするようになったかは定かではないものの、多くの村人たちが見守る中で、自身の男性器を強制的に披露させられたという思春期の男児たち。しかもその際、“男性器のクオリティ”を、村人たちに判定されてしまうというのだから、まさにタマったものではない。
「そのときにね、傍目に見てどうなのか? っていう部分をさ、神主から渡された紙にね、みんなが書くわけ。それをね、世話役の人らが確認してさ、一番“出来が良い”と判定された子はね、ご褒美に菓子やらおもちゃなんかをもらうっていう。けれどもね、ほとんどの子は一番にはなれないもんだから、ただの“見せ損”なわけ。今にして思うと、ホント、酷ぇ話だよなぁ(苦笑)」
賞品がもらえる“一番の子”以外は、ただ単に、村人たちの前で、自身の男性器を見せるだけで終わるという、この風習。横山さんの話によれば、もともと「立派な男性器=五穀豊穣、豊漁のシンボル」というような意味合いで、こうした風習が誕生したと推測されるようだが、その是非はともかく、少なくとも当の少年たちからすれば、甚だ迷惑なものであったといえそうだ。
以下ソース
https://tocana.jp/2019/09/post_112928_entry.html
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「そらね、みんなの見てる前で丸出しにされてね、品定めじみたことをされるんだから、こっ恥ずかしいったらありゃしないよ(苦笑)けど、“昔から続く伝統だ”って言われたら逆らえないからね」
かつて西日本のとある海沿いの地域で行われていたという、“少年たちのペニス品評会”ともいうべきなんとも奇妙奇天烈な風習についてそう語りはじめたのは、当地で生まれ育ち、傘寿を過ぎた現在も、現役の漁師として暮らしている横山栄一さん(仮名・84)。横山さんの話によれば、その昔、思春期を迎えた少年たちは、自身の男性器を村の人々がチェックされるのが通例となっていたのだという。
「毎年ね、正月になると、このあたりじゃ、村の天神様に豊漁を祈願する行事が行われるのだけれども、そのときにね、その年、10歳になる(男の)子がね、集められるわけ。それで、天神様への祈願が終わったあとで、村の人間が見ている前に、すっ裸で引き出されて“ご開帳”と(笑)。それで品定めじみたことをされるっていう寸法よ」
そもそも何故、村の祭礼でこのようなことをするようになったかは定かではないものの、多くの村人たちが見守る中で、自身の男性器を強制的に披露させられたという思春期の男児たち。しかもその際、“男性器のクオリティ”を、村人たちに判定されてしまうというのだから、まさにタマったものではない。
「そのときにね、傍目に見てどうなのか? っていう部分をさ、神主から渡された紙にね、みんなが書くわけ。それをね、世話役の人らが確認してさ、一番“出来が良い”と判定された子はね、ご褒美に菓子やらおもちゃなんかをもらうっていう。けれどもね、ほとんどの子は一番にはなれないもんだから、ただの“見せ損”なわけ。今にして思うと、ホント、酷ぇ話だよなぁ(苦笑)」
賞品がもらえる“一番の子”以外は、ただ単に、村人たちの前で、自身の男性器を見せるだけで終わるという、この風習。横山さんの話によれば、もともと「立派な男性器=五穀豊穣、豊漁のシンボル」というような意味合いで、こうした風習が誕生したと推測されるようだが、その是非はともかく、少なくとも当の少年たちからすれば、甚だ迷惑なものであったといえそうだ。
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