マリア放蕩記
カナダに来てからは、オニオンリングという玉ねぎを揚げた料理が好きでよく食べていました(自分で作るのではなく、ファーストフードの店のものを買っていた)。 しかし、そのうちハンバーガーが食べられなくなり(たまに湿疹が出るようになりました)、オニオンリングも食べなくなりました。 今は昔に比べて揚げ物の摂取量がかなり減りました。食べなければ食べないで全然平気です。 世間でジャンクフードと呼ばれるものが、なぜジャンク(がらくた)なのかというと、揚げ物が多いのもその一因だと思います。 世界のサッカー・スーパープレイ伝説ファンのみなさん、すいません・・またバッジオです(笑)! バッジオはユヴェントスからミランへ移籍した95年からミラン→ボローニャ→インテル→ブレシアと、5年間でなんと5チームを渡り歩いたことになります。 そのキャリアの最後、ブレシア時代のスーパーゴールです。 そしてなんと相手は、追い出された形でチームを離れることになった古巣ユーベ。 前半30分のザンブロッタのゴールでリードしたユベントスは余裕の試合運び。 対するバッジョは運動量も多くなく、心配な出来だった。 しかし後半41分、このスーパーゴールの同点弾は生まれました。 ほんとに何回見てもヤバいです。 サッカーをしたことがある方なら分かると思いますが、このような真後ろから来るロングボールというのはトラップするな本当に難しいんですよね。 たいていの選手はボレーでそのまま打とうとして上手く当たらず枠を外れたり、ゴールに背を向けたままのトラップというのが普通だと思います。 しかし、バッジオはこの一連の動きの中で前を向いたままトラップし、しかもそのトラップで同時にキーパーも抜き去ってしまいました。 満点です(笑) 仏教徒として知られている元イタリア代表のロベルト・バッジョ氏が27日、ミラノ近郊に建設された仏教施設のオープニングセレモニーに出席した。イタリア紙『ガゼッタ・デッロ・スポルト』が28日付で報じている。 バッジョ氏が出席したのは「池田平和文化会館」という創価学会の施設のセレモニーで、ミラノ市長ら多くの公人も出席した。 約900人もの出席者に大きな拍手で迎えられたバッジョ氏は、出席者とともに「南無妙法蓮華経」を唱えたと同紙は伝えている。 この施設は1500万ユーロ(約20億円)もの建設費と3年の建設期間を費やして建造され、約1000人を収容するホールを備えるなどヨーロッパ最大級の仏教施設とのことだ。 バッジョ氏は「仏教徒(学会員)になったのは27年前で、私の人生で最も幸せなこと」ともコメントしている。 さらに28日付の『コリエーレ・デッラ・セーラ』の取材に対して「現在(イタリアでは)多くの人が仏教の哲学に興味を示している。この施設もそういった人々のために建てられた」と答えたが、現在イタリアには7万人の創価学会員がいるとされている。 この施設の建設費も7万人の会員から集められたようだ。 最近イタリアではイスラム教のモスク建設を巡って論争が起こっていたが、これに関しても「誰もがそれぞれの宗教を信じることは自由だ。 重要なのは自らを幸せにするかどうかだよ」と持論を展開した。 794年 早良親王の祟りにビビりまくった桓武天皇は 最強の結界を築くことを試みたのです その結界とは玄武 白虎 青龍 朱雀の 東西南北を守護する四聖獣です 京都の街は風水で作られているのです 鳴くよ(794)ウグイス平安京。この語呂合わせ、テスト勉強から遠く離れても覚えているものですね。 奈良時代後期に父親である光仁天皇の後を継いで即位し、784年に長岡京へ、794年に平安京へと遷都を行ったのが桓武天皇(即位前の名は山部親王)。 早良親王は桓武天皇の同母弟で、兄を呪って平安京へ遷都をさせたといわれている人物です。 一体、兄弟に何があったのでしょうか。 山部親王と早良親王の母親は、身分の高い女性ではありませんでした。そのため、山部親王は中務卿(なかつかさきょう)として朝廷に勤め、早良親王にいたっては若いころに寺に預けられていました。 2人とも天皇になる予定のない皇子だったのです。 しかし当時の有力貴族である藤原氏の策略によって、どんでん返しが起こります。 山部親王を天皇に担ぎ上げようとしたのは、ときの権力者だった藤原百川(ももかわ)。光仁天皇の皇后と皇太子を「天皇を呪い殺そうとした」という罪で追放し、 山部親王を新たに皇太子として擁立したのです。そして781年に桓武天皇として即位すると、早良親王が皇太子になりました。 後ろ盾の弱い天皇のほうが、藤原氏には都合がよかったのかもしれません。 百川は自分の娘である藤原旅子を桓武天皇の夫人(後宮で妃に次ぐ位)として、姻戚関係を結んでいます。 奈良時代には孝謙上皇が道鏡という僧侶を寵愛したことをきっかけに、仏教寺院が政治への関わりを強めていました。 律令政治を取り戻そうと道鏡を左遷したのが光仁天皇。 後を継いだ桓武天皇はさらに都を移すことで、仏教と政治を引き離そうとします。 長岡京の造営を命じられたのは早良親王と、桓武天皇を天皇の座へと押し上げた藤原百川の甥にあたる藤原種継。 しかし、ふたりの仲はあまり良くなかったと伝えられています。 そして長岡京遷都の翌785年に藤原種継が暗殺される事件が発生。 その首謀者として捕らえられたのは早良親王でした。 皇太子を廃され、乙訓寺に幽閉された早良親王は無実を主張し、自ら飲食を断ちます。 けれども命を懸けた抗議もむなしく淡路に流されることが決まると、移送の途中で絶命してしまうのです。 その後、桓武天皇のまわりを立て続けの不幸が襲います。妻や母親など身近な人が次々に亡くなり、ついには早良親王に代わって皇太子となった息子までが病に倒れ……。 怨霊による災いだと恐れた桓武天皇は、淡路に葬られていた早良親王に崇道(すどう)天皇という称号を送り、奈良県の八島陵に改葬をします。 そして荒ぶる魂が鎮まるようにと、京都の御霊(ごりょう)神社に崇道天皇を祀りました。 これが御霊信仰の始まりで、平安時代の人々はこの世に恨みを残して亡くなった魂、 すなわち御霊(みたま)が天災や疫病などの祟りを起こすことのないよう、神として祀るようになっていきます。 長岡京遷都からわずか10年後の794年に桓武天皇が平安京へと遷都を行ったのは、度重なる洪水の被害があったからという説と、早良親王の怨霊から逃れるためという説が有力です。 怨霊を恐れていた桓武天皇には、きっと洪水さえも祟りのように感じられたことでしょう。 早良親王が本当に怨霊となって桓武天皇を祟ったのかどうか、真実はわかりません。 早良親王が藤原種継暗殺の首謀者だったのか、無実の罪を着せられたのかも、真実は謎に包まれています。 けれども、桓武天皇がこれほどまでに怨霊を恐れたということは、もしかしたら秘められた事件の真相があったのでは。 そんな想像をかき立てられる、実在した祟り神のエピソードです 男のくせにズルはいけないな 男らしく正々堂々と戦わないと 直球勝負でこいや 清原 変化球で逃げようとする藤川に苦言 https://youtu.be/TB-IZ51dX2k これ以来藤川はストレートで勝負するピッチャーに 藤川の代名詞火の玉ストレートが生まれたのでした 配牌降りの極意 ところで,最近は Mリーグのファイナルが 再開するということで 気分があがってる毎日です. そんな麻雀の対局動画では, ”ビタ止めがすごい!” ”激強牌で勝負にでる” ”リーチ合戦に勝つ” などの,多くの ファインプレーが 存在します このファインプレーをする人を 多井プロは「上手ではない」 と述べています 野球でいうファインプレーとは "ダイビングキャッチ"からの "難しい姿勢でのスロー"で "ランナーをぎりぎりアウトにする" というのが定番です. ですが,トップ選手は それを必要としておらず 打球が放たれる前に体が動き いかにも簡単に補球してアウトにします つまり,野球が上手な人ほど ファインプレーは 生まれにくいのです それは,麻雀に関しても同じです. 相手からリーチがきて 自分は良くて2600の手牌 降りるにも安全牌が1つしかない その結果危険牌を切って たまたまうまくいって2600点の和了 結果だけ見ればファインプレーです でも,それって 本当にファインプレー なのでしょうか? その押しで当たってしまって 裏が爆乗りして高打点放銃に なる可能性だって十分ある中, そのぎりぎりラインを さまよっているようでは 上手であるとは言えないのです つまり,上手な人は 結果論ファインプレーに なるような状況すら作らない つまり,麻雀上手な人は ファインプレーに なるような状況すら作らない 対抗したくないリーチが 飛んできたときには もう準備が整っているのです それって実は 当たり前のように見えて 以外とできていない人が 多いのです これらの理由から 麻雀上手には ファインプレーなんて存在しないって いえるんですね^^ 現在2着が拮抗していて なおかつ私はトップで 子の満貫ツモでも捲られません 自分があがってももちろん1位ですが 2着確定のあがりを狙ってくる であろう他家がいるため 自分が無理してアガる必要はありません このようなとき多井プロは 配牌から降ります 自分が攻めてアガって かっこよく1位を取る ファインプレーより 子に2着狙いのアガりをさせて 自分が攻めるリスクを減らすため 配牌から中張牌を切り出して どんなリーチや仕掛けにも 対応できる構えを作っておくこと こういった着順を 徹底的に意識した戦術が 長期的に見た時に 上手な人が伸び悩む人との 差がくっきりと出てくるような思考法なのです 美輪「心と肉体で人間ができるわけでしょ。ところが戦後この方50年は、焼け野原になって、肉体を維持するために、みんな弱肉強食になって生きてきたわけじゃない?肉体のための栄養素…」 丹波「うん」 美輪「そのためにビタミンA,B,C、カロチンとか、健康食品ができたのよ。肉体のため。ところが心の栄養素というのが、いまスポイルされてるのよ。だからみんな、心の栄養失調になってるわけ」 丹波「なるほどねぇ。良いこと言うよなぁ」 美輪「その心の栄養が何かというと、文化なんですよ。良い音楽、良い映画、つまり良い美術、良い文学。そういうものが全部スポイルされて。音楽ときたら、もう電気まみれのガジャガジャしたノイズでしょ?情緒障害を起こすことばっかりでできてるわけ。心がみんな栄養失調になってるから…」 丹波「心の栄養失調とはうまいこと言ったねぇ!まさにそうだねぇ…」 美輪「現代はそうだと思うの。だから心の栄養をうんと摂って、肉体の栄養も摂って健康な人間が出来上がると思うのね」 丹波「ただ心の栄養失調というものを一言で言ってみると、どういうのかというと、自分さえよければ他人はどうでも良いということ」 美輪「そうそう、慈悲・思いやり、ね」 他人に対する思いやりや慈悲が消え失せてしまった現代社会 自分さえ良ければどうでもいい そんな人間ばっかり 現代人の心の栄養失調を表したガシャガシャとしたノイズのような音楽 https://youtu.be/Qp3b-RXtz4w 現代人は愛や思いやりに飢えている 心の栄養失調の時代 22歳の若さで亡くなったプロレスラーの木村花さんのツイッターに対し、「やめろ」、「気分悪い」、「消えろ」などと書き込んでいたアカウントが23日午後、続々と削除された。 木村さんは「毎日100件近くの率直な意見。死ね、気持ち悪い、消えろ、今までずっと私が1番、私に思ってました。 弱い私でごめんなさい」などと投稿し、悩んでいた様子を明かしている。著名人からはネットリンチについて批判の声が相次ぎ、BBCなど海外メディアも「ネットいじめがあった」と報じている。 これまで起きたインターネット上の中傷を巡っては、名誉毀損や脅迫容疑などで捜査当局が書類送検するケースがあり、 遺族らが投稿者に対し民事で損害賠償請求を起こす場合もある フジテレビ系「テラスハウス」に出演していたプロレスラー木村花さん(当時22)がSNSで中傷され、自殺したとみられる問題で、 花さんが亡くなった後も「地獄に落ちなよ」とSNSに投稿した長野県茅野市の男性に対し、花さんの母響子さん(44)が「社会通念上、許容される限度を超える」と損害賠償を求めた裁判の判決公判が19日、東京地裁で開かれ、 池原桃子裁判長は男性に129万2000円の支払いを命じる判決を下した。花さんへの中傷に対する初の民事判決。 男性は花さんの死後、「あんたの死でみんな幸せになったよ、ありがとう。テラハ楽しみにしていたのにおまえの自殺のせいで中止。最後まで迷惑をかけて何様? 地獄に落ちなよ」とツイッターに投稿。 響子さんはツイッター社に投稿者の情報開示を請求し、男性を特定した。響子さんは294万円の賠償を求めていた タレントで歌手の中川翔子(36)が19日、自身のツイッターを更新。 名前こそ出さなかったものの、18日に急逝した女優の神田沙也加さん(享年35)を悼んだと思われるツイートを投稿した。 中川は午前1時半に「ショックで眠れなくなった」とつづり、神田さんの所属事務所が急逝したことを報告した午前4時過ぎには「胸が痛いです 遺されたご家族も」と再び投稿した。 中川は「塔の上のラプンツェル」のラプンツェル、神田さんは「アナと雪の女王」のアナ役と、ともにディズニーのヒロイン役を務めており、18年の「シュガー・ラッシュ:オンライン」のスペシャルイベントでも顔を合わせていた。 また、タレントの小島瑠璃子(27)も「何て悲しいニュース。悲し過ぎる。そろそろ本気で心の健康について考えなければいけないのかも。身体の健康の話と同じぐらい普通に『私いま辛いし不調』って言えたらいいなって思う時があります」とつづった。 神田さんは18日、札幌市内の宿泊先ホテルで倒れているところを発見され、午後9時40分死亡が確認された。35歳。東京都出身。所属事務所が19日午前4時にホームページ上で報告した。 ホテルの14階部分の屋外スペースで見つかり、宿泊していた高層階から転落したとみられる。飛び降り自殺を図った可能性もあり、警察が詳しい経緯を調べている。 コロナ禍以降は、ほかにも芸能人の急死が相次いでいる。令和2年7月には俳優の三浦春馬さん(享年30)が、9月にはいずれも女優の芦名星さん(享年36) 竹内結子さん(享年40)がいずれも自宅で亡くなった。昨年12月には、女優の神田沙也加さん(享年35)が滞在先のホテルから転落した。 芸能関係者は「芸能人の素質の一つは感受性の強さであり、環境変化の影響も受けやすい」として、コロナ禍が精神の不調につながっている可能性があると指摘。「どこの事務所もいっそう、所属タレントの心身の健康に気を配っている」と明かす。 厚生労働省は、暗いニュースを見て心がざわつくときは、「関連の情報から距離を置くことが大切」として、芸能人に限らず、悩みを抱えているすべての人に対し、相談窓口の利用を呼び掛けている。 心の底から思う もう二度と愛など求めたりしない 私の世界が終わりを告げようとしている 時間は過去に戻らない 私が出来ることは全てを終わらせて終止符を打つこと 無へと還ろう 無へと還ろう 誰も居ない無へと還ろう 誰も傷つくことのない無へと還ろう 名]心が晴れ晴れしないこと。気がふさぐこと。憂鬱。「酒で―を散じる」「―状態」 [ト・タル][文][形動タリ]草木が生い茂っていてスッキリしない様 鬱蒼 (うっそう) 近年、自然不足が不眠や倦怠感など軽度の鬱の原因になっている可能性がある、といわれているのはご存知でしょうか。 鬱の原因は人それぞれですが、一つのアプローチだと思ってご参考にしてください。 当社に相談に来られる方にも精神的に参っている人はいます。その典型的な原因を上げてみますと・・・ 過度な残業 月100時間以上の残業があり、会社への泊まり込みや休日出勤も常態化するような働き方が長期間続き、体力を奪われていくケースです。 人間関係がうまくいかない 不条理で厳しい叱責を受け続けるというも攻撃的なものもあれば、無視される、指導してくれないという消極的なケースもあります。 将来への不安 会社や経営陣への不信感から将来を悲観してしまい、鬱になることもあります。 私の経験上は、重度の鬱に発展する原因として圧倒的に多いのは過度な残業だと思います。 長時間労働で体力が落ち、精神的な疲労も回復できなくなってしまい、最終的に体力と気力の両方が奪われるのでしょう。 改善のための方法が見えていてもそれすら実行できなくなり追い詰められていくのだと思います。 (1)の「ストレスの原因」について、近年、新しい考え方として『自然欠乏症候群』をいう概念が提唱され注目されているそうです。 (ネイチャー・ディフィシェンシー・シンドロームというそうです。) 正式な病名ではなく、自然から遠ざかった生活をすることによって、全身の倦怠感や不眠が引き起こされる可能性がある、という概念です。 実感としては理解できる気がします。東京に進学してもたまに日中ジョギングに行ったり、高尾山に登ってみたり、せっかく都会に行ったのに田舎でもできるようなことをしていました。 たまに昼間の外で遊ばないと、何となく気持ちが沈むような気がしていました。 東京の人はやたらと旅行が好きで長期休暇のたびに旅行の話をすることに当初驚いた記憶があります。都会で育った生粋の東京人も自然と触れ合いたいという本能(?)があるんでしょうね。 “参照:Richard Louv、「Last Child in the Woods: Saving our Children from Nature-Deficit Disorder」(2005年、アメリカ) 日本語訳:「あなたの子どもには自然が足りない」” リチャード・ルーブは、「自然から遠ざかった」現代の子どもたちに、さまざまな精神不安定 やそれに伴う症状がもたらされるということを指摘しました。以下のような症状が典型です。 ・集中力がない。ひとつのことに集中できない。 ・落ち着きがなく、じっとしていられない。 ・忍耐力がなく、かんしゃくを起こす。 ・他人に対する気遣いができず、友達とうまく遊べない。 著者は科学的な調査をしていますが、あくまでも概念≒考え方であり、批判もありますので是非の判断はご自身でお願いします 自然欠乏症候群の対策をご紹介します。リフレッシュ方法としてだれもが取り入れることができますので参考にしてください!! 日の出と日の入りを意識した生活 日光、特に朝日を浴びるといいことはよく言われますね。反対に日暮れ後は仕事を終えて気持ち良く朝を迎える準備をすることも大切です。 木や自然素材を多く使った家や家具を選ぶ 家選びだけでなく、ファッションでも綿や麻のシャツを着たり、インテリアでも観葉植物を取り入れたり、身近にできることがたくさんありそうです。 五感を刺激する C.W.ニコル氏に言わせると、「自然の中で五感を働かせる経験」を積むことが大切だそうです。そうであるなら、例えば道端の花に「目」をやる、そして「触れてみる」、食事をいつもより「味わう」、口に入れる前に「匂う」、 風や雨、虫の音に「耳」を澄ませる。このようなことでも十分五感を刺激できると思います。 思考すること、人に気を遣うことをいったんやめて五感に集中できる時間を持つだけでも日常生活が豊かになりますね。 徳島(田舎)へ転職する? 極論ですが、都会での生活に疲れたら徳島(田舎)への転職を検討してください。 自然と触れ合う時間をどの程度必要と考えるかは人それぞれ違うはずです。東京にいても旅行で賄うことができるはずですし、別に触れ合いたくないという人もいると思います。 ただ、もっと自然との距離が近いところで暮らしたいと考えている人は、地方での生活を考えてもいいと思います。 私の自宅から車で15分くらいの鳴門にある公園です。とても広い公園なので猫も子どもも安心して遊べます。 (鳴門ウチノ海総合公園: 女優の山本舞香(21)が2日放送のカンテレの単発バラエティー番組『○○発東京行き2019春〜まだまだドラマがありました〜』(深1:00 ※関西ローカル)で語りを務める。 声で、様々な上京物語を見守った山本自身は13歳でふるさとである鳥取・米子から上京。当時を「実は、すごく嫌でした」と回想し、「親と離れることもすごくつらかったですし、戸惑いの方が多くて…怖いっていう感情でしたね。 13歳で上京して、私一人で寮に入ったのですが、ホームシックになってめっちゃ泣いてました。帰りたい…って(笑)」と戸惑った経験をか明かした。 鳥取の良さについて「空気もいいし、食べ物もおいしいし、自然に恵まれている地域ですね。私が住んでいたのは米子ってところなんですけど、すごくあったかい街です」としみじみ。 逆に東京については「なんでもあるかな、身近に。お店とか。そこだけですね(笑)。 最初の印象が“嫌”だったので(笑)。最初の印象がよくないから心からは好きになれないのかも。 東京は、『仕事をする場所』っていう感じですね」と今もドライな印象を持っているそう。 東京なんて人が住むとこじゃないわ 物質的に豊かだけどただそれだけ 精神的に未発達 人もドライで自己中心的な人が多い 以前、「東京をトンキンと言って馬鹿にするネットユーザーたち」という記事を掲載した。 インターネット掲示板やブログ等で、東京を「トンキン」と書き込みしてバカにしている人たちが増加しているというニュースだ。 どうしてトンキンと言って馬鹿にしているのか?それは、東日本大震災の発生時に被災者でもないのにコンビニやスーパーで品物を買い占めたり、独り占めしようとしていた自己中心的な人が東京に多くいたのが原因らしい。 東京をトンキンと言って馬鹿にする具体的な理由として、以下のような書き込みがされている。 ・トンキンと言って東京を馬鹿にする理由「エア被災して本当の被災地に迷惑かけまくった様子が滑稽だったから」 トンキンに関する書き込み 「23区民はこれで東京都なのに多摩の事をバカにされる気分が少しでも判った?」 「トンキン人自分はエリートだと思い込んでる奴隷」 「トントントンwwwwwトーンキンwwwwwwww」 「トンキンが唯一誇れるのが瓦礫受け入れでワロタ」 「トンキンとか関東人ってみんなキョドってるイメージがある」 「おれカッペだけどトンキンは滅びたほうがいいと思う」 「北京南京西京東京♪ 束になって〜輪〜になって〜♪」 「京都は陰湿と言われようが大阪が民国と言われようが関西人は動じない。トンキンは打たれ弱い」 「神奈川、千葉ってなまじトンキンに近いから人気に嫉妬してるのかな?」 「トンキンは日本じゃないしなwww」 「トンキン煽り耐性なさすぎだろwww ・東京在住の人たちの書き込み 「トンキン言ったヤツは東京都への入国を拒否する 」 「人糞転がってる大阪よりマシだと思うけど」 「バカが何わめいても全然余裕」 「首都だからこそ田舎物のやっかみは甘んじて受け入れなきゃいけないと思う」 「関西の人って特殊。夏に上半身裸のオッサンが多いの観てるとやっぱり関西って…」 「トンキン言われてキレてる層を一般的な東京人と思って欲しくない」 「田舎以上に田舎な多摩なのにトンキントンキン言われて辛い」 「もうトンキンって呼ぶのやめてくれ」 「カッペの戯言にわざわざ耳をかたむけることも無かろう」 「戦争するか? あ?」 トンキンと言われるようになった原因を詳しく書いている人もいて、 「トンキンが使われた一番の原因が震災後の買占め騒動。 水やカップ麺やティッシュ、その他生活用品を東京人が買占めて 東北の被災者に届かないというアホな展開が繰り広げられた」という書き込みもあった。 新潟に住んでいる人ならわかると思いますが、新潟の人は補償なんて求めていません。 まずは隣のひとが感染しないように、みんな謹んで生活しています。 東京の人は、まずは自分の生活が第一優先で、相変わらず3密の代表である満員電車で通勤し、 家の中にいて下さいと言われても守りません。 民度が低い。 東京の人は中国人並みということになります。 自分勝手です。 どうぞ反発して下さい。 でも御自身の友人や知り合いが、変な行動をとっていたら、それを注意できますか? やめろって言えますか? 新潟の人は奥ゆかしいですが、そういう時は、やめれって言います。 東京に子供が居て、仮に会いたくでも、帰ってこんでいい。って言います。 みんな、補償なんて無くてもみんなのことを考えます。 だから全然感染症は広がりません。 東京の人は自分勝手です。 自己中心的です。 道を聞いても教えてくれません。 例えば他人にぶつかって何も言ってもらえないことが経験的に多ければ、だんだん「東京ではこうなんだ、次から私もそうしよう、 それが東京人になることだ、マナーですらあるかもしれない」となると、どんどんそういう人が増えていきます。 満員電車で降りる時に声をかけずに他人を押しやって出る人も珍しくないし、エスカレーターで抜く時にぶつかったり、塞がれていれば何も言わずに押しのけるようにしていく。 けっこう東京では経験あるんじゃないでしょうか。 東京ではひとことも言葉を発さずに、1日を送ることも可能です。レジに無言で商品を出して言われた金額を無言で払う。 食券を買って無言で食べ始め、無言で席をあとにする。よく見る光景です。もちろんすべての人がそうではないですが、 初めてそんな光景を見た人が「冷たい」とか「自己中」とか感じるというのは理解できます。 「今の方が自由って、どういうこと?」 奈緒は、みなみが言った言葉の意味がさっぱり理解出来なかった。 −周囲に気を遣って、大好きだったブランド品を身につけることが出来なくなる...... 何かが欲しいとき、心には「貧(まず)しさ」があります。欲しい→足りない(満足出来ない)→貧しさです。 だから、素朴な姿で町の八百屋で買い物をしているおばちゃんよりも、都会でオシャレな腕時計やバッグでキメて歩いている人間の方が心は貧しいのです。 もしそこに執着心があれば自分を飾り付ける行為は心の貧しさの現れなのです。 心が貧しいと、ノーブランドよりも高額なブランド品を有り難がります。 幸せな気分でハイキングしている人に「ブランド品は欲しいか?」と聞いても「別に興味はない」と返答すると思います。心が満ち足りているので、貧しさ(欠落した穴)がないからです。 だから我々は、なぜブランドにこだわるのだろう?なぜ美しさを求めるのだろう?なぜ複雑さや精密さに魅了されるのだろう? こうした問いかけを繰り返し「その動機が心の貧しさではないだろうか?」と常に自己監視しなければいけないと思うのです。 執着があれば=貧しさです。 興奮=感情的=愚かさです。 興奮と執着で買った腕時計は、遅かれ早かれ必ず手離します。 良いものを、興奮せずに、静かに愛す。丁寧に使いはするが、壊れても慌てず、傷ついても執着して落ち込まない。 これが理性あるモノとの付き合い方だと思います。 対象者は、重度の統合失調症やうつ病、強迫症やパニック症といった精神疾患、長期ひきこもり、アルコール依存症、薬物依存症、ストーカー、性犯罪、など多岐にわたる。 場合によっては対象者に危害を加えられる可能性もある、まさに命がけの仕事だ。 お金持ちが自分が不幸という社会 高層マンションに住み、外車を乗り回す、誰もがうらやむような環境にいながら、それでも彼らは自分を不幸だと言う。 「ずっと金の話をしてる人が多いですよ。子どもの前でも金金金金、金の話ばかり。患者さんが小さい頃からずっとそうだったんでしょうね。 金がない人は金の話をしますよね。それは切実に金がないんだから仕方がない。でも金もちは金があるのに金の話をする。 結局、中身は一緒なんですよ。たとえ金はあっても心は貧しいんです」 親の保有する高級マンションに住み、一流ブランド品に囲まれて生活している対象者も多い。 「最近の患者さんの特徴として、私が身につけている物を観察するというのがあります。『押川さんがつけてるの、本物の高級腕時計じゃないか!!』で話が始まるケースがじつに多いです。 彼らにとって人の中身なんか関係ないんです。親も子も『成功者は成功者の形をしてるだろう』って思ってるわけです。みすぼらしい格好をしてる医者の話なんて聞きもしないんですよ。 『貧乏くさい格好してるヤツは腕がないんだろう』って言うわけです。私なんかは、逆にそういうみすぼらしい人にこそ興味が湧いちゃいますけどね。 私も仕事をこなすには持ち物や見てくれにお金や手間をかけなければならなくなりました。50歳の身ではなかなか大変ですよ(笑)。 端的に言えば『人間味がない社会』になっているんだと感じます。効率のみを求めるシステム重視の世界で勝ち上がっていくには、人間味なんて邪魔でしかないですから。 『つらい』『苦しい』なんて言葉はかき消されてしまいます。 でもそんな時代だからこそ、患者さんにはアナログの言葉が効くんです。 『お前には信用があるのか?』 『今、お前は幸福か?』 と心を込めて言えば、患者さんは振り向いてくれます」 麻雀の代打ちとして名を馳せ、20年間無敗伝説を打ち立てた「雀鬼」桜井章一さん。伝説の男とは聞いてはいても、実際にどんな考えを持っている人なのか、この本を読むまで知りませんでした。 読了後に浮かび上がってきた桜井さんは、タイトルにもある通り、「素」のままなのに、とっても強い人。人はみな、もの(ブランド品)やお金や地位やお化粧など、色んなものを身に纏って、自分の弱いところを隠しているもの。 でも桜井さんは、なぜか誰もが周りに纏っている鎧のようなものを、一切感じさせないのです。ヨガをするときによく言われる、「体幹」がすごくしっかりしているという印象。 桜井節と思えるもので一番印象深かったのは、「自分探し」に関して話している部分。 今の社会では、自分探しがまるで良いことのようにとらえられていますが、「俺はけっしてそうはおもいません」、と桜井さんはいいます。 「本当の自分」なんていうものは生まれたときからずっと持っているものだから、探す必要なんてどこにもない。自分を探すという行為は、すでにある自分を否定することになるから辛いし、幸せではないのだ、と。 香山先生も、フロイトやユングの学説から、人間には自分でも容易にアクセスできない無意識の部分があって、「本当の自分」のことなんて分からない、と言います。 分からないまま理想の自分を追いかけたり、進化すべきという強迫概念に抱えてしまったりするのは、危険性もはらんでいるのだ、と聞いて、はっとしました。 周りの視線を気にしながら生きていたり、力を入れすぎてしまったり、人や自分の子どもに使命感や価値観を押し付けてしまったりと、現代に生きる人たちは「素」で生きることからは遠いように思います。 複雑化した社会をシンプルにするため「子どもの頃に還る」という思考を持っている、という桜井さんの生き方や思想に学ぶところは多そうです。 一応、対談をもとに書かれた本ということですが、桜井さんと香山先生のページが交互に進み、まるで書簡のような構成になっています。 桜井さんは独自の桜井流哲学を柔らかいことばで、しかしはっきりと主張するのに対し、香山先生は精神医学のお医者さんとしての観点から、論理的な分析を提示してくれます。 相手の話を踏まえつつも、違う観点から丁寧に意見が重ねられていき、読み応えのある1冊です。 減少する年収、不安定な生活に不安を感じるビジネスマンが増えていることと思います。わたしたちは、なぜ、こんなに、お金が少なくなることに心を惑わされてしまうのでしょうか。 お金の価値と働きがい、仕事のやりがいについて、どんなふうに考えたらよいのでしょうか。お金の価値を感じるのも、仕事のやりがいを感じるのも、「心=ココロ」です。心という存在は、「ココロ、コロコロ」のように実体のないもので、科学的に「心とはこれである」と解明されているものではありません。 「勝った・負けた」「得した・損した」といって一喜一憂するのも心、そのあらわれ方は百人百様です。同じような環境にあっても満ち足りた気分になる人もいれば、おおいに不満を覚える人もいます。お城のような邸宅で暮らし、毎日ご馳走三昧でも幸福感がやってこない人もいれば、極貧生活の中にも楽しみを見出し、麦飯と味噌汁だけの質素な食事をしみじみ味わえる人もいます。 そう考えると、豊かな不満社会に生きる現代の日本人は、環境にかかわらず概して不満傾向にあるといえるのではないでしょうか それでは、職場でも家庭でも、移ろいゆくさまざまな場面で、環境やモノに左右されず、豊かな心を保ち、充実した生をまっとうするためには、わたしたちはどのように考え、日々を送っていけばよいのでしょうか。 それなりにいい家に住み、いい車に乗り、いい服を着てブランド品をたくさん持っていても、不満は不満、そして不安は不安。心がそう感じる理由を解き明かしていく前に、ぜひとも耳を傾けていただきたい言葉があります。 「道は貧道より尊きはなし」 これは江戸中期の禅の中興の祖・白隠禅師の言葉で、意味は「たとえどんなに貧しくても、その日暮らしであろうとも、心だけは王侯貴族のような気持ちでありたい」。 つまり、物質的な貧しさと心の貧しさは共にあるわけではなく、たとえお金が十分になくても、心のあり方一つで働きがいを得られ豊かになれるということです。 「道は貧道より」の言葉から思い浮かぶのが、私も尊敬する偉人の一人、あの良寛さんです。 モノを持たず、欲も持たず、自由な精神を貫いたのが良寛和尚ですが、同じ時代に生きた武士の精神性をあらわす言葉に「武士は食わねど高楊枝」があります。 単に「貧しくてもカッコだけはつけてしまう」と解釈をする人がいますが、もっと深い意味があります。この言葉は「武士は、たとえ貧しくても食えなくても、十分食べ足りたようなフリをして楊枝をゆうゆうと使い、身を清潔に保とうとする」武士の誇り高さをたたえたもので、日本人が本来持っていた心ばえを示しています。 江戸の中期以降ともなると貧しい武士が増え、俸禄をほとんどもらえない下級武士たちは内職をしたり、畑仕事をして何とか食いつないでいました。 「100石(俵)6人泣き暮らし」は武士の貧乏暮らしをあらわす言葉で100石の禄から藩に納める分を差し引けば、残りはわずか。家族と使用人がぎりぎり暮らせる程度しか手元に残らなかったそうです。 しかし町人や商人のほうが経済的な余裕があったにもかかわらず、武士たちはプライドと高い精神性を保っていました。 藤沢周平原作の映画『たそがれ清兵衛』にも、こうした幕末の下級武士の世界が描かれています。主人公の清兵衛は、家族を支えるために城中の仕事が終われば“たそがれどき”にさっさと帰宅し、夜は虫かご作りの内職に励み、庭に畑を作って野菜を育て、 いつもほころびた着物を着ていました。ただし、心は決して貧しくありません。畑の野菜や草花が日々育っていくのを見ては楽しみ、娘が成長していくのを楽しみ、貧しいながらも日々の生活を楽しんでいました お金やモノに流されずいつも清々しく豊かな心を持ち続けるということは、できそうでなかなかできないことです。なぜなら、わたしたち人間は「二元論的思考」をする生き物だからです。 二元論とはモノと心、善と悪、金持ちと貧乏、好きと嫌い、失敗と成功、エリートと落ちこぼれ、勝ち組と負け組というように対立する概念で物事を捉えることで、白と黒の間のグレーゾーンはありません。 この二元論的思考が根底にあると、私たちは凝り固まった小さなモノサシや自分の価値観に振り回されることになります。 「富と貧」「勝ちと負け」を区別して比べる心です。両者を対極において見るために「勝ち」になれない自分が苦しくなってしまうのです。 元来、禅の世界では二元対立を嫌い、排していきます。そして絶対の主体性を目指します。 ここで強調しておきたいのは、皆さんがとらわれている考え方、判断の仕方などは、実はすべてあなたの周りが勝手に創り上げた既成概念、いわば「雲」のようなものにすぎないということです。 この既成概念による小さなモノサシを破壊しないかぎり、心の改革はなされません。 「モノ」や「お金」の量にかかわらず「なんだか満たされない」のは、物質社会がつくり上げた既成概念に縛られすぎているために、 本来得ている働きがいや生きがいに気づけなくなっているからです もちろん、人間が生活していくうえでモノもお金も欠かせません。なくては困るものです。科学と技術の発達に伴って便利なモノが大量生産されることは生活レベルを高め、人類全体の福祉の増進にも寄与することができます。 モノやお金が幸せな気分を運んできてくれることも確かです。ただし、モノやお金は膨らみすぎると羨望や奪い合いの対象にもなり、欲望を際限なく膨らませていけば利己的な心が生まれます。 少しでも多くのモノを自分で得ようとして対立や葛藤が生まれます。 こうなると、心の成長に歯止めがかけられ“マイナス成長”を始めることもあります。心がビンボーになったこの状態では、結局「○○があるから幸せ」というモノに操られた偽りの幸せしか得られなくなってしまいます。 本当は幸福の決定権はモノにあるのではなく、やりがいや生きがいをつくり出そうとする自己の心にのみあります。 そしてわたしたちの心が真に満たされるとき、モノと心は対立した関係ではなく一つになっているはずなのです。
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