2025.7.26. #いま自分がそこにいる

令和2年の自殺率のグラフがポストされていたので、興味深く見ていた。
一見強そうに見えるだろう独身男性の自殺率がどの年代でも突出していた。もしかしたらその中にも自分というものがいただろなと考える。
この中には離婚した男性や死別した男性、それこそゲイ・バイ男性や様々な境遇の中にいた男性がいるだろう。
自分も子どもの頃にそのようなマッチョイズムを植え付けられそうだった。
「男らしくなかった」そのせいで、やりたくないことをやらされて、 やりたかったことはことごとく否定された。
そのことに息苦しさがあったから外に出たというのに、今度はゲイという側面で男らしさとかマッチュイズムが前面に出てきて、外見も中身もよくなかった自分は打ちのめされ、クラブも飲みも行かず、キラキラする場所がとても苦手になってしまった。
とても苦しいのである。
そんなものからとかく離れたかった。SNS自体止めればいいい。
そう言われるけれど、今は生活に欠かせないものとなったから、苦しみは苦しみとして味わうしかない。
自分もどこかでエンタメ的なものとして消化しているならなおのことだ。心のどこかでは何をしても今さら無駄だと思い込んでいる。だからセルフネグレクトに走るのだ。
今日は先延ばしにしていた通院のはしごだった。四谷では採血もしたし、石神井ではセルフネグレクトとか経済的なことの話。参政党の人間による自分の属性についての否定についてしんどいと話した。
昨年2月のThreadsポストが、いいねをされたので、改めて記してみた。