2025.8.6. #戦後80年

今年の8:15は満員よりは少し空いた電車の中で迎えた。
なってから少し経ってそっと目を閉じる。現状を思えば、今年は特に強く思わなければいけないだろう。オレンジ色のくだらない政党の言葉もあるからなおのことだ。
だけどどうして2025年にもなってウクライナやガザで悲しみが続くのか。それはとてもやるせないことだ。
自分は表立って意思表示をするわけではないけれど、ニュースを見るたびにとてもつらくなってくる。戦争の肯定ほど悲しいものはない。
自分の家族にも、遡れば戦死した人がいる。実家のある町にあるお墓には彼の名前もある。自分はあの頃を知るわけでもなく、人から聞く話を受け止めるほかないのである。
戦後産まれの人間はそうするほかなく、ネットなどの話よりは、人の話を聴きたいと思う。
インスタをたどったら、1年前の9月に初めて広島に行ったときの写真があった。平和記念公園、原爆資料館、原爆ドームなど行き、考えたものであった。
平和であるとはとても言い難い現実は、やっぱり悲しい。
今日もどこかで平和を祈る人たちがいる。戦争や紛争を止めろと声を上げる人たちがいる。
本当は世界中がそうでなければいけない。だけどそれらを是とする人間がいる以上、声は上げ続けなければいけないだろう。