2025.8.7. #どうして加害が思いと言えないのか

いじめというものは、特に日本だと被害を受けた人たちを遠ざけて、加害者が何もなかったかのように振るまうなんていうことは悲しいけれど見慣れも聞き慣れもしてしまった。
自分もそうだった。そのたびに周囲には男なんだから強くなれとか言われたり、こちらが被害を訴えても相手にされなかったりした。
抵抗して誰かを傷つけることだってあった。いじめって結局誰も救わないし救われない悪者はいつだって自分になっていた。
大人になった今も、そのようなニュースを見ては腹が立つし心も痛む。
加害を及ぼす人間が支持されのうのうとしているのを見るととても腹立たしい。しれっと表舞台に立っていたり、悪いことには悪いと訴える人が断罪をされて何もできなくされてしまうのはとてもきついことだ。どうしてや加害が悪いと言えないのか。
仕事をしていればたまにそういうこともある。自分もたまにやってしまうことだから反省しなければいけないのだが、あなたの向こう側にも人がいることは分かっているのだろうか。
AIとかPCとか使うものはあるけれど、応対するのは人間だ。顔が見えないから何を言っても書いてもいうわけではない。
自戒を込めて書き残す。ハラスメントだって、やる人向が悪いのに、応対する人や被害を受けた人への中傷が絶えないのは、自分は思くないと思っているからだろうよ。
自分も含めてのこと。悪いことには悪いと言ってほしい。誰しもに正義があろうとも、思いことには思いと言ってほしい。加害者が罰せられ、 被害者が何も責められることがない社会になりますように。