2025.8.19. #消耗する体力について

3月半ばくらいからしばらく、モチベーションが持てずに体育館でのトレーニングをしていない。
いつも行く銭湯で筋トレ好きの人にも「いつ再開するんスか?」と聞かれるのだけど、なかなか戻ってこない。
9月からかなあと思いつつも、こうしてズルズルといってしまうのは、自分としてもしのびないところがある。
身体を鍛えるということについて、必要であるよなとは思っている。
だけどどこかではマッチョイズムとルッキズムに苛まれていく自分もいる。
男だしゲイだしというものはある。かっこよくもないし鍛えたところで何があるのだろうと考えてしまう。
SNSとかの動画で身体を鍛える人たちのトレーニング動画やアドバイス動画も見るのだけど、その体躯の美しさに目を奪われると同時に、自分が感じるマッチョイズムとルッキズム、そしてそこに男根主義的なものもあらわれてくる。
ありのままでいることをどこかで許されないのかなと思う自分がいる。
自分のペースで鍛えるならそれでいいいはずなのに、誰かがいる限りはそれも難しいのかなと思えてくる。そう考える たびに体力だけでなく心も消耗するような雰囲気を覚える。
男でいることは、ストレートでもセクマイでも苦しいのだろうな。
そりゃね、銭湯やサウナ、体育館やSNSなどで見惚れる身体はいっぱいあるから落ちつかない。
だけど自分はそうなったところで何かあるのだろうか。自分が健康的かつ適度な肉体であるようにトレーニングの再開も必要だとは思うけれど…