20260108の記録
昨日銭湯に居たら、もしかしたらそうなのかなと思う人が居た。詮索こそしないが、どこか居心地が悪そうにしていた。
自分もどこか小さな違和感があったけれど、その方の居心地の悪さを思うと、すべての人が生きやすくいるのは難しいのかなと考え込んでしまった。


2026.1.8. #違和感を生きる

昨日の仕事内容が自分にとってあまりにもしんどいものだったので、リフレッシュにいつもの銭湯に行く。
サウナでしばらくのんびりしていると、ん?と思う光景があった。
それは自分がまだ慣れていないとか、ほぼ初めてのことだったからだけど、サウナにおそらくMtFの様相の方が入ってきたという経験はしたことがなかったので、
こういうことなんだなと思い、多少の違和感はありつつも、自分が帰るまでその中にいた。
詮索こそしないが、身体的性別で入浴をするということは頭の中では分かっていた。けれどこういう場ではその人なりの見えぬ苦労というものがあるのだし、ヘイターが言うようなこともない。
自分にはほんの少しの違和感があっただけで、他はどうってこともなかったけれど、当事者からしたら、身体的性についてはいっしょであっても、どこか過ごしづらそうだったなとうっすらと見ていて思った。
すべての人が生きやすい世の中というのはとても難しいし、理解を得るにもSNSで見るような小汚いやり口ばかりで、自分ではまだ分からないことばかりだ。
それでもこうして生きている現実は変えられない。それは主語を自分が苦労している属性に変えて考えれば、自ずと分かってくるものだと思う。
生きやすくなるためには何が必要なのか、生きながら考えていくしかないのかもしれない。