発達障害や知能障害、身体障害を持つ団体のメンバーであり在日の西川良平(京都府亀岡市)さんに
その生い立ちや生活を伺った。
「俺自身アスペルガー症候群として年子(としご・一つ年上の兄がいる)の弟として1981年3月に生まれたんです。
3月ですよ!、学年分けで言えば一番遅い月に生まれたんや!
 だから小さいころからクラスメイトより背が低くて、そのせいでヘタレで、
勉強も出来ひんかった、まあ努力も何もしてへんかったけど。
『生まれ月による能力差はだんだん縮まっていくから、高校生位まで頑張れ』とお母さんから言われて、
いつかは普通の人と同じになると思ってたけど、年々自身の知能障碍者の特徴が出て
勉強もスポーツも人一倍出来ひんヘタレ男になってしもた。
そんで学校生活では兄のノートを自分のノートとして学校に提出してた。いわゆる学業・宿題詐称は毎年してた(笑)
運動で言えば野球部やったけど万年補欠でイジメられ泣く毎日やったかな。
俺なんかどうせ、学生時代は勉強も運動も3流、就職は4流、私生活はホンマ5流。
見た目は障碍者特有の出っ歯、ギョロ目、手指の奇形、後頭部のはげ・病的髪色変色で
長所の無いダメダメ男やで。同世代の人間には何にも性的に興奮出来ひんロリコン、ペドフィリアやしな。
人生に良いことなんか何も無い、みじめなだけや。
今では、もうアカン、もうしんどい、もう疲れた、が口癖になってるけど、
俺を助けてくれへんかった周りの人間が悪いんや!良い意味で平凡な人生さえ
送れへんかった……
こっちは自殺未遂も5回してるんや!」

静かに泣き出した西川氏を前にインタビューから分かったことは、この人物は非常にネガティブなことしか口にせず、
努力不足を他人のせいにし、下を向いて人生を送っている。ポジティブ思考を身に着けて努力してもらいたいものだ 。