ちなみに、この「ピダハン」という呼称は誤りなの。
これはポルトガル語で Pirahã だから「ピラハン」の方が正しいわ。
(ã は鼻母音だから最後の音節は正確には異なるが「ハン」に近い)
この言語の研究は、ほぼすべてがダニエル・エヴェレットというアメリカ人の現地調査に基づくもので
この人が一般向けに書いた本が10年程前に日本語に翻訳されたのよ。
(『ピダハン「言語本能」を超える文化と世界観』)
その際に(失礼ながら)無能な翻訳者が「ピダハン」としたために、この呼称で知られるようになってしまったの。
どうしてこうなったかと言うと、エヴェレットの原著では
アメリカ人読者に Pirahã の発音の仕方が分かるように pee-da-HAN と表記してあるの。
ポルトガル語の Pirahã の r は日本語のラ行と同じで、舌先で歯茎をはじく「はじき音」という子音で発音されるの。
でも英語の r は、はじき音ではないわよね。
そのかわり、アメリカ英語ではアクセントのない音節の頭の d がはじき音に変化するから、
アメリカ英語の話者が pee-da-HAN を読むと、自然にこの da はちょうどブラジル人の ra = 日本人の「ラ」の発音になるのよ。
つまり、エヴェレットはあくまでアメリカ英語話者が読むとポルトガル語の発音に似るように書いただけなの。
ところが、この本の翻訳者はそんな基本的なことも理解できなかったので
pee-da-HAN をそのまま日本語のカタカナにして「ピダハン」としてしまったの。
この本はかなり話題になったから、日本では完全に「ピダハン」で定着してしまったわ。
アタシ、こういうのってかなり罪深いと思うのよ。
こういうふうに誤りが世の中に広がっていくのね、って思ったわ。
日本でまだよく知られていないことの翻訳を出す時って、それなりの責任が伴うと思うの。
きちんとできない人がやると、誤りを広めたりして迷惑だとアタシは思ってしまうの。
ていうか、アタシ気になったから、今回この翻訳書を図書館で借りてきたの。
そしたら訳者あとがきにこう↓書かれていたわ。

 ちなみに、「Pirahã」については「ピラハ」「ピラァ」といった表記を見るが、本書の説明によると、
 あえてカタカナに直すとすれば「ピーダハーン(ハーンの部分に強勢がくる)」のような音になるらしく、
 迷った末に「ピダハン」と表記することに落ち着いた。カタカナ表記については日本でも研究が進み、
 適確な表記法が工夫されることを切に願う。

本当に無能で無責任で驚き呆れるわ。
Pirahãというのはブラジル人がこの部族を呼ぶ時の名称だから単純にポルトガル語の発音の問題であって
Pirahã語の発音の問題じゃないから、研究の余地もクソもないのよね。
Pirahãの人たち自身は自分たちのことを Hiáitihí と呼んで、自分たちの言語を Apáitisí と呼ぶそうよ。

別の話だけど、アタシだいぶ前に Steve Awodey の Category Theory を
少数人数の読書会で読んだことがあって(結局最初の1章くらいしかできなかったけど…)
アタシは英語読めるから原著を読んでたけど、他の人は日本語の翻訳書を使ってたの。
それを見せてもらったら誤訳だらけで意味不明だったの!
例えば the と書いたら「唯一の」と言いたいわけだけど、「まさにその」だか何だか意味不明な訳になってたり
とにかく翻訳者が明らかに全然英語を読めていなくて、数学の内容を理解しているのかも疑問に思ったわ。
特に当時は日本語での圏論の情報がすごく少なかったのに
せっかく見つけた本がデタラメ翻訳書だったら笑えないし本当に迷惑よね、と思ったわ。