>同じ著者、同じシリーズのテキストで、一方は自然数に0を入れていて、
>もう一方は自然数に0を入れていないのよ。
あら、それは不思議ね。けっこうテキトーなのかしら。
アタシはそれらの本は持ってないけれど、松坂和夫先生著の「数学読本」っていう
中高生向けのシリーズの最初の1巻くらいを中学の時に読んだ気がするわ。
内容がしっかりしていて、ちゃんと勉強したら中高の数学がばっちりになりそうな雰囲気の本だったわ。
おそらくだけど、その「集合・位相入門」の本では
自然数を集合として定義していないんじゃないかしら。
アタシの理解では、自然数を例えば>>439みたいに集合として定義するなら0から始めるのがほぼ必然となるけれど
自然数を他のもので定義されない原始的な存在として扱うなら
0から始まっていなくても別に困らないんだと思うわ。
集合論や論理学で自然数が0を含むことが多いのは、
単に自然数を集合で定義することの結果にすぎないと思うわ。
アタシは逆にWikiの「数論では0を入れない方が好まれる」っていうのが
単なる伝統なのかそれとも数学的な理由があるのかが気になるわね。
>>447
スレチで他の人たちが興味ないこといっぱい書いちゃってごめんなさいね。
Pirahãの話題を出したかったけど
誤った呼称が広まるのをアタシが手伝うことになるのが嫌だったからw
説明書いてたら例によって長くなっちゃったの。
あなたの読んでた本がどうだったのかはわからないけれど
一般的にはフランス語→英語の翻訳だと言語構造が近いから、誤訳ってそんなに起きないと思うのよね。
ほぼ単語変換で意味が通じることが多そうだし。
だから英語版がおかしいなら、フランス語の原著がすでにおかしかった可能性もあったかもしれないわね。
やはりヨーロッパ語→日本語みたいに、全然似てない言語間の翻訳の場合の方が
誤訳が生じる可能性は圧倒的に高いと思うわ。
それに、例えば日本語話者が仏語に熟達するのは
英語話者が仏語に熟達するより遥かに難しいから
きちんとした翻訳をできる人の絶対数って
言語の組み合わせごとにかなり違うと思うのよね。
でも翻訳書の方が、原著の誤りまで訂正していて
原著よりもむしろ良いとかもたまにあるらしいから
翻訳書の出来って、ほんと翻訳者次第で天と地なんだと思うわ。