白塗りの舞踊手たちが踊る「山海塾」を主宰し、1980年代以降の欧州の芸術界で「BUTOH」のムーブメントを巻き起こした舞踏家の天児牛大、本名上島正和さんが25日、心不全で死去した。74歳だった。

2017年に下咽頭がんを患ったが、治療を続けながら作品制作と発表に取り組んでいた。

神奈川県横須賀市生まれ。高校卒業後に入った俳優養成所でモダンダンスとバレエを習う。70年代初めに舞踏の創始者である土方巽や大野一雄に出会い、舞踏の世界へ。

72年、麿赤兒さんの舞踏集団「大駱駝艦」の設立にかかわり、75年には「山海塾」を旗揚げした。80年、初の世界ツアーを敢行。
パリ市立劇場の監督に才能を見いだされ、82年から同劇場を創作の拠点にし、世界48カ国で作品を発表。フランスを起点に、麿さんや室伏鴻さんらと、日本発のアートとしての「BUTOH」の名を世界に広める一翼を担った。
美術家の中西夏之さん、彫刻家の舟越桂さん、作曲家の加古隆さんら、様々なジャンルのアーティストと垣根を越えて交流、作品制作をおこなった。

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