>>242>>246
あらあら。解り難かったのね。御免なさい。
「遊川和彦脚本は、センスが古いから、買春を肯定する展開になるのではないかと懸念した。
しかし、実際は、買春を肯定しない展開になったので、好かった」
「『不適切にもほどがある!』の阿部サダヲ主人公は、1986年のキャラクタであり、セクシャル・ハラスメント発言をするので、買春を肯定する言動をとってもおかしくない。
『不適切にもほどがある!』は“挑戦的な”宮藤官九郎脚本であるので、阿部サダヲ主人公が買春を肯定するという描写が『不適切にもほどがある!』に実際にあるのだろうか。
それとも、1986年のキャラクタの言動とはいえ、流石に買春を肯定する描写は不適切過ぎるから、そのような描写はないのだろうか」
と言えばよかったのかしら?

そもそもアタシは、
「“買”春」について述べたのであって、
「“売”春」については述べてないわ。
貴方らの頭脳が買春と売春とを区別しないということなら、まあ、それはそれで仕方ないけど。