>これはひとつの言語の習熟過程を示しているだけであって、言語が変わると人格が変わるかという話と無関係だわ

あなたが「思考への影響は限定的」と言ったことに対しての十分過ぎる反証になってるけど?
そもそも「表面」は内面の反映でしかないし、本来あなたが区別できるものではないのよ
つまりあなたのいう「人格」とはあんたが強固に抱いてるあんた個人の妄想でしかないってこと

言語の習熟=その言語における思考パターンや文化背景の習熟である
たとえば>>631の動画は明らかに日本人的な身振りからアメリカ人の身振りに移行したわね
逆にに外人が日本の身振りに馴染んだパターンもあるわ
これで「無関係」と言い張るのはあんたが一人で勝手に言ってるだけで反証にもならない

>文化が変わると振る舞いは変わるけど、言語の本質的な機能、つまり記号で意味を表すという部分は、文化とは独立に存在しているわ

↑これも全く間違っている

・人間とは言語活動の主体である以上、言語と自己を区分することは不可能である(そもそも自己なんて勝手な思い込みでしかない)
・当たり前の事だが、言語が変われば記号も変わるし文字が表す意味内容も変わる(すなわち文化とは独立していない)

なので人間は自己と言語を分かつことができない
そして文化と言語は作用し合っている

であるがゆえに
>これはひとつの言語の習熟過程を示しているだけであって、言語が変わると人格が変わるかという話と無関係だわ
は間違いである、となる