しかし、是非とも考えて欲しい。「彼はそれで犯罪を起こしましたか?」と。ましてや、彼があなたに迷惑はかけていないはずだ。彼は完全なる被害者なのだ。「英語が喋れず、全部水原容疑者に任せていたことで、犯罪を起こさせる土壌をつくった」というのはおかしい。
それは、次のような発言と同じではないか。「君がそんな服を着ているからレイプされたんだ」。


言語はツールであり、一つの手法だ。それを使いこなせるのは一つの能力として評価される。大谷選手の場合は、野球といういわゆる一芸に秀でた人だからこそ、それに注力し成果を発揮することが何よりも求められている。
自分の時間を可能な限りそこに費やすためにも、餅は餅屋ということで、言語は通訳のプロにリスペクトを持って依頼するのはおかしなことではない。

ただ、今回はそこにおける大きな問題が起きてしまった。多くの問題は、専門能力ではなく、人の人たる、特に心の弱い部分やその人が持つ闇が引き金になって部分で起こることを再認識させられた。

なお、「(大谷選手は)もっと大人にならなくてはいけない」といった指摘をした記者もいた。しかし、筆者は自らの能力の低い部分をもしっかり理解して、判断し実践できる方が大人だと思う。
世間の声が否定的であった時でも、被害者ぶることなく、やるべきことをやり続けた大谷選手が大人ではないと言うのであれば、大人になどならなくていいとさえ思う。