>あるときは取材の席に座るなり両肘をテーブルにつき、
>組み合わせた手に額を乗せたままうつむいて口を利かない。ふさぎ込んでいた。
>しばらくして溝口マネが話しかけるとやっと口を開いたが
>相変わらず筆者たちに向かって何も言わず、あくまでも溝口マネへの返答だった。

>こうした会談中のほとんどの時間、有希子は顔を伏せていた。
>仕事で体が疲れているというより、精神的に追い込まれていたのだろう。
>筆者は生まれて初めて「心の病」の人を間近で見た気がした。

>そうかと思えば元気な顔を見せたこともあった。
>少し前に堀越高校を卒業し、生まれて初めての一人暮らしを始めるため買い物をしたそうで、
>溝口マネが「こんな大きなスタンドライトを買ったのはいいけど、運ぶのが大変でした」
>と身振りを交えて言い、有希子は溝口マネと顔を見合わせて笑っていた。
>死の10日ほど前のことだった。

>有希子は笑ってはいるが、筆者は「いずれこの子は重症化するのではないか」と思った。

>有希子が亡くなったあと、関係者から聞いたのだが、
> 1月25日に打ち合わせをドタキャンしたのは熱を出したからではなかった。
>実は錯乱状態に陥ったため病院に連れて行ったのだという。