>>150 つづき
ヨーロッパに流入した銀の多くは、交易を通じてアジアに渡りました。
中国では銀が納税の基準とされる【一条鞭法】が採用され、国内経済の銀依存度が高まり、さらに国際銀の需要が増大しました。
その結果、スペインの銀に加えて【日本銀】(特に石見銀山産)も、ポルトガル人やオランダ人商人によって中国や他のアジア諸国に運ばれる重要な輸出品となりました。

アジアとの交易を拡大するため、オランダやイギリスはそれぞれ【東インド会社】を設立し、香辛料や絹・陶磁器に加えて、インド産の【綿織物】などを大量に輸入・再輸出しました。
これらのアジア産品と引き換えに、大量の銀がアジアに流入したことで、アジア経済も世界経済の一体化の中に組み込まれていきました。

つづく…