共感性羞恥は行為者の「行動」に共感して自分が羞恥を感じることだから、行為者が羞恥を感じてるか感じてないかは関係ありません。
あなたの知能が低すぎて、共感の対象が理解できてないようだけど「行為者の感情」ではなく「行動」に自己を投影(投射)して羞恥を感じることを一般的に共感性羞恥という。
行為者は羞恥を感じておらず観察者だけが羞恥を感じている場合は観察者羞恥だ!と言いだした人が2010年以降に初めて「観察者羞恥」という新語(造語)を作り出したので、まだ一般的には浸透してない言葉です。
共感性羞恥という一言で、行為者が羞恥を感じている場合も感じてない場合もどちらも観察者が対象の行動に羞恥感情移入するケースを総称しているので、それが広く浸透している。
なので>>237の解釈で合っている。
現在の心理学において共感性羞恥という言葉は行為者が羞恥を感じている場合にのみ使う言葉で感じてない場合には使えないという定義は存在しない。したがって>>239は間違い。
正統な教育を受けておらず知能がサルより低いあなたのようなネットでググって拾っただけの付け焼刃のニワカ知識だとそういった間違いを犯し易い。