ちゅーばー ★4
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>>365
あの獣医師さんを調べていくと「フリーランス獣医師という生き方」みたいな講演会の講師のようなこともやっていらっしゃるので、そういうスタイルの先生なのかもしれませんね
イマドキはそういうのがあるんだなぁと妙に感心しました >>368
ご協力ありがとうございます
本スレに貼ってきたw 怒り心頭により、久しぶりに本スレに書き込んでしまったw >>370
とてもわかりやすかったです
いつもありがとうございます フレイジャーの失明ですが、まず有り得ない。
情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、
プロ入り直前の練習中に傷めて「ほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーは
プロになれない。各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科
専門医の診断でアウト。地元のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃
して貰える?発覚した段階で、ペンシルベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから
指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょう。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目
をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャーはプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、
ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして戦うことになりますが、最初のうちはペンシル
ベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数年に1回/州がそれぞれに規定)に
更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同時に1920年代初頭に
発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。そしてフレ
イジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち
自身のキャリアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分
の選手が踏ん切りをつけられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは
正式にチーフに就任しますが、そもそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違い
ない(ファッチはそれ以前からもフレイジャーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが
視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜
半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンスの認可に関わる利害関係者は、90年代には亡く
なっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関するドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、
アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュトークが原因で、2人の関係
が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会わせることが多く、
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
憎悪のみに殊更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちて
いたのかも知れませんが、失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。 フレイジャーの失明ですが、まず有り得ない。
情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、
プロ入り直前の練習中に傷めて「ほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーは
プロになれない。各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科
専門医の診断でアウト。地元のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃
して貰える?発覚した段階で、ペンシルベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから
指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょう。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目
をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャーはプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、
ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして戦うことになりますが、最初のうちはペンシル
ベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数年に1回/州がそれぞれに規定)に
更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同時に1920年代初頭に
発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。そしてフレ
イジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち
自身のキャリアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分
の選手が踏ん切りをつけられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは
正式にチーフに就任しますが、そもそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違い
ない(ファッチはそれ以前からもフレイジャーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが
視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜
半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンスの認可に関わる利害関係者は、90年代には亡く
なっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関するドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、
アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュトークが原因で、2人の関係
が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会わせることが多く、
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
憎悪のみに殊更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちて
いたのかも知れませんが、失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。 動画まだ見てないけど2万円のサポーター
https://i.imgur.com/BwvqXKo.jpeg
金掛かってますアピ→クラファンだったり
アロママッサージといいしなくていいことばかりする
余計なことしなくていいから階段から落ちないように見てれば良かったんだよ
2024/08/19 20:00 タイピー日記
https://youtu.be/jyz_rNtfk8s
20000円のサポーターをワンコに装着してみた結果。。
【概要欄】
病院へ行く前の動画です。ブリ姉さんの足が良くなって欲しくて皆様の応援もあり高値でしたが質の良いサポーターを買ってつけてみたりしていました。いつも本当にありがとうございます。
タイピー日記手作りグッズ
https://infogoods.base.shop おはようございますノシ
今、あのサポーターが室内専用ってのをホスで見て
動画を確認してたんだけど
パッケージのワンコは親指がサポーターの上にきてるのに
ブリちゃんの親指はサポーターで押さえつけられてない?
そもそも付け方違くない???
動画の5:06〜辺りがわかりやすそうなんだけど
イマイチ判断つかなくて迷ってるw >>378
おはようございます
見てみました
・サイズ選びも使用方法(ブリちゃんへの装着・靴下やブーツ無しで野外を歩かせる)も間違ってると思う
・ブリちゃんの主治医が話していたように、ブリちゃんは体重の割に足が細長いので、そもそもこの商品はブリちゃんには合わないのではないでしょうか
・サイズが適切ではないために適正な装着ができないのかもしれない
《装着》
・モデル犬は親指を外す形で、人間でいうなら手のひらの位置にサポーターがある
・ブリちゃんは人間で言うなら手首あたりにサポーターがある
▼回転・拡大・結合などの加工
https://i.imgur.com/rHMEe2h.jpeg
https://i.imgur.com/FQCFxbs.jpeg
▼元画像
https://i.imgur.com/nQ3EXVU.jpeg
https://i.imgur.com/FHai9uY.jpeg
https://i.imgur.com/IzUPinL.jpeg
https://i.imgur.com/bGr877q.jpeg
《サイズ選び》
▼タイピーはSサイズを購入
https://i.imgur.com/tbnRtsK.jpeg
▼ブリちゃんの体重(20kgあまり)からすると適合サイズはM
https://i.imgur.com/66sEiyv.png
《使用上の注意》
室内での使用を想定した商品
野外で使用する場合には靴下やブーツを用いる
https://i.imgur.com/enhFX0r.jpeg >>379
詳しくありがとうございます
やっぱりおかしいよね
サイズも下の固定する部分が
どうやっても物理的に親指の下までこなそうに見える…
先生の説明で4本の骨の根元?の部分の隙間がなくて
固まってるみたいなのがあったと思うんだけど
(どのタイミングでそうなったかはわからないけどと言ってた)
このサポーターいつ着けて
どの位着けてたかわかんないけど
まさかこれが原因じゃないよね?なんて思っちゃったわ
まぁギプスも長い間付けてたから違うかもだし
何が原因かなんてわからんけど
余計な事ってだけは確かw >>376
ここまで大きいと1階に集合ポストがあるはずだから、新聞配達・書留・宅配以外で玄関ドア前まで行く人は稀
非常識にも程がありますね
>>378
>>379
やらなきゃいけない事はしないくせに余計な事はしますよね
ホントこいつ何なんだろう
「犬の為」を装った「朴いい人」アピールとしか思えませんわ
それに使われてるブリちゃんが可哀想でたまりませんよ本当に >>380
この商品はブリちゃんの体重に合わせるとMサイズ、脚の太さに合わせるとSサイズになるんだろうね
で、ブカブカだと装着できないと思ってSサイズを買った
ところがSサイズとМサイズでは丈が5.5cmも違うのでブリちゃんには短すぎる
結果として、本来は親指の下を通して手のひら部分で固定しなければならないのに手のひらに届かない
https://i.imgur.com/gHN6HYN.jpeg
辻堂犬猫病院では装具士さんにオーダーすると言っていたけど、体に合わないサポーターは害にしかならないんじゃないの
このサポーター使用はタイピーの独断?それとも小糠先生に相談したのかな?
ところで本スレに書かないの? w
できたら書いて欲しいな >>381
都営住宅だから敷地・建物の所有や管理は東京都のはず
同じ東京都の所有や管理でも、商業施設や都庁のように不特定多数が出入りすることを想定している施設なら、ズカズカ入り込むことに抵抗ないのは分かります
だけど住宅だからね
仕事でもなく(「YouTuberなので動画撮影が仕事」は無しでw)親戚や友人知人を訪問するわけでもないのに、無断で入り込む神経が恐ろしい
あちこちの立入禁止区域に平気で侵入するタイピーさんは流石ですねw >>382
本スレ書こうと思うといつもドングリに引っかかって
待ってられなくて挫折するんよね〜
5分経っても書けないし、そのまま忘れてていいやになるwww
書けたらお願いしますw >>384
いや〜ん
私がひとりで書き込むスレになっちゃうwww
でもこれを書き込まないのはもったいないので代行します
書き込み文をここに貼りますから、それで良いかどうか見てくださいね
HさんのOKが出たら書き込みます >>384
これでいいですか?
↓↓↓↓↓
「サポーターの付け方も使用方法も間違ってるよね!?」と指摘する声があります(「どんぐりのせいでここに書けない」らしいので書き込み代行します)
《間違った付け方》
・商品のパッケージを見る限り、このサポーターは「親指の下を通して(人間でいうと)手のひらと手の甲部分で固定する」のが正しい付け方
・ところがブリちゃんは手首で固定する形で装着されている
https://i.imgur.com/nQ3EXVU.jpeg
https://i.imgur.com/gHN6HYN.jpeg
https://i.imgur.com/FQCFxbs.jpeg
こうなる原因はブリちゃんの体格と商品のサイズが合っていないからと考えられます
・タイピーが購入したのはSサイズ
・ところがブリちゃんの体重で選ぶとMサイズ、脚の太さで選ぶとSサイズになる模様
・МサイズとSサイズでは丈が5.5cmも違うので、Sサイズでは短すぎてブリちゃんの親指まで届かない
▼タイピーはSサイズを購入
https://i.imgur.com/tbnRtsK.jpeg
▼ブリちゃんの体重(20kgあまり)からすると適合サイズはM
https://i.imgur.com/66sEiyv.png
《使用上の注意》
※本品は室内での使用を想定した商品です。 「野外で使用する場合は、靴下やブーツなどの 「手根関節を保護できる商品を装着してください。
https://i.imgur.com/enhFX0r.jpeg
タイピーは靴下もブーツ用いずに庭に放流している
https://i.imgur.com/S8TZhWp.gif >>386
お手数お掛け致しました
大丈夫です…というより
自分より全然詳しくわかりやすくありがとうございます!
よろしくお願いしますー
にしてもドングリシステムがサパーリわからん…w
>>381
最近じゃ余計なことをするというより
余計なことしかしないイメージですよねぇ…(苦笑 フレイジャーの失明ですが、まず有り得ない。
情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、
プロ入り直前の練習中に傷めて「ほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーは
プロになれない。各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科
専門医の診断でアウト。地元のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃
して貰える?発覚した段階で、ペンシルベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから
指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょう。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目
をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャーはプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、
ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして戦うことになりますが、最初のうちはペンシル
ベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数年に1回/州がそれぞれに規定)に
更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同時に1920年代初頭に
発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。そしてフレ
イジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち
自身のキャリアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分
の選手が踏ん切りをつけられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは
正式にチーフに就任しますが、そもそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違い
ない(ファッチはそれ以前からもフレイジャーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが
視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜
半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンスの認可に関わる利害関係者は、90年代には亡く
なっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関するドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、
アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュトークが原因で、2人の関係
が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会わせることが多く、
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
憎悪のみに殊更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちて
いたのかも知れませんが、失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。 フレイジャーの失明ですが、まず有り得ない。
情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、
プロ入り直前の練習中に傷めて「ほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーは
プロになれない。各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科
専門医の診断でアウト。地元のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃
して貰える?発覚した段階で、ペンシルベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから
指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょう。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目
をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャーはプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、
ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして戦うことになりますが、最初のうちはペンシル
ベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数年に1回/州がそれぞれに規定)に
更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同時に1920年代初頭に
発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。そしてフレ
イジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち
自身のキャリアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分
の選手が踏ん切りをつけられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは
正式にチーフに就任しますが、そもそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違い
ない(ファッチはそれ以前からもフレイジャーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが
視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜
半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンスの認可に関わる利害関係者は、90年代には亡く
なっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関するドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、
アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュトークが原因で、2人の関係
が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会わせることが多く、
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
憎悪のみに殊更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちて
いたのかも知れませんが、失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
>>388
ありがとうございました
今朝もドングリ頭にはねられましたw
毎回ドングリの呪いかよ!と心の中で呟いております…w
安川先生、木曜日が(緊急性のない)手術日とか決まってるとかかな?
人間の病院だとそういうのあるけどどうかな
何にしても上手くいくといいね
術後の説明はまず電話なのかもしれないけど
聞いてPにどの程度理解できるのか不安w あーそいえばサポーターの動画のコメントに
ブリちゃんが手術から帰ってきてからも
サポーター使えますよ〜なんてコメントがチラホラ
してたが
先生が入院中にブリちゃん専用の装具を作るって言ってたのに
ヤツら全然動画見てないのなって
ブリちゃんの心配してるようで
全然足の状態とか気にしてないじゃんって
ただお高いサポーター買ってあげたPさんシュゴーーーイ♪したいだけ?って
改めてアレな人達なんだなぁと痛感したわw >>392
ドングリ頭とか言うから呪いがかかってるんですよw
そっか
出勤表にある日は予約で埋まってるので、新たに入った手術は木曜日に対応してるのかもしれませんね
>>393
何をやっても褒めてくれる信者さんたちだから
無知な飼い主と取り巻きのせいで、自分の身体が壊されているとも知らずに無邪気に走り回るブリちゃんは救われない フレイジャーの失明ですが、まず有り得ない。
情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、
プロ入り直前の練習中に傷めて「ほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーは
プロになれない。各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科
専門医の診断でアウト。地元のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃
して貰える?発覚した段階で、ペンシルベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから
指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょう。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目
をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャーはプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、
ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして戦うことになりますが、最初のうちはペンシル
ベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数年に1回/州がそれぞれに規定)に
更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同時に1920年代初頭に
発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。そしてフレ
イジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち
自身のキャリアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分
の選手が踏ん切りをつけられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは
正式にチーフに就任しますが、そもそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違い
ない(ファッチはそれ以前からもフレイジャーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが
視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜
半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンスの認可に関わる利害関係者は、90年代には亡く
なっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関するドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、
アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュトークが原因で、2人の関係
が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会わせることが多く、
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
憎悪のみに殊更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちて
いたのかも知れませんが、失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。 フレイジャーの失明ですが、まず有り得ない。
情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、
プロ入り直前の練習中に傷めて「ほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーは
プロになれない。各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科
専門医の診断でアウト。地元のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃
して貰える?発覚した段階で、ペンシルベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから
指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょう。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目
をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャーはプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、
ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして戦うことになりますが、最初のうちはペンシル
ベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数年に1回/州がそれぞれに規定)に
更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同時に1920年代初頭に
発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。そしてフレ
イジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち
自身のキャリアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分
の選手が踏ん切りをつけられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは
正式にチーフに就任しますが、そもそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違い
ない(ファッチはそれ以前からもフレイジャーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが
視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜
半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンスの認可に関わる利害関係者は、90年代には亡く
なっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関するドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、
アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュトークが原因で、2人の関係
が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会わせることが多く、
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
憎悪のみに殊更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちて
いたのかも知れませんが、失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
タイピー フレイジャーの失明ですが、まず有り得ない。
情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、
プロ入り直前の練習中に傷めて「ほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーは
プロになれない。各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科
専門医の診断でアウト。地元のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃
して貰える?発覚した段階で、ペンシルベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから
指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょう。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目
をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャーはプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、
ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして戦うことになりますが、最初のうちはペンシル
ベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数年に1回/州がそれぞれに規定)に
更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同時に1920年代初頭に
発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。そしてフレ
イジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち
自身のキャリアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分
の選手が踏ん切りをつけられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは
正式にチーフに就任しますが、そもそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違い
ない(ファッチはそれ以前からもフレイジャーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが
視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜
半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンスの認可に関わる利害関係者は、90年代には亡く
なっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関するドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、
アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュトークが原因で、2人の関係
が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会わせることが多く、
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
憎悪のみに殊更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちて
いたのかも知れませんが、失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
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アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
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讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
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憎悪のみに殊更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちて
いたのかも知れませんが、失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
タイピー フレイジャーの失明ですが、まず有り得ない。
情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、
プロ入り直前の練習中に傷めて「ほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーは
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ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして戦うことになりますが、最初のうちはペンシル
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イジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
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半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンスの認可に関わる利害関係者は、90年代には亡く
なっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関するドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、
アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュトークが原因で、2人の関係
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アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
憎悪のみに殊更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちて
いたのかも知れませんが、失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。 フレイジャーの失明ですが、まず有り得ない。
情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、
プロ入り直前の練習中に傷めて「ほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーは
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して貰える?発覚した段階で、ペンシルベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから
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イジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
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自身のキャリアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分
の選手が踏ん切りをつけられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは
正式にチーフに就任しますが、そもそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違い
ない(ファッチはそれ以前からもフレイジャーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが
視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜
半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンスの認可に関わる利害関係者は、90年代には亡く
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アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュトークが原因で、2人の関係
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アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
憎悪のみに殊更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちて
いたのかも知れませんが、失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
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いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
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の選手が踏ん切りをつけられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは
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ない(ファッチはそれ以前からもフレイジャーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが
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アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュトークが原因で、2人の関係
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アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
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讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
憎悪のみに殊更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちて
いたのかも知れませんが、失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
タイピー フレイジャーの失明ですが、まず有り得ない。
情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、
プロ入り直前の練習中に傷めて「ほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーは
プロになれない。各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科
専門医の診断でアウト。地元のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃
して貰える?発覚した段階で、ペンシルベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから
指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょう。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目
をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャーはプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、
ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして戦うことになりますが、最初のうちはペンシル
ベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数年に1回/州がそれぞれに規定)に
更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同時に1920年代初頭に
発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。そしてフレ
イジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち
自身のキャリアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分
の選手が踏ん切りをつけられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは
正式にチーフに就任しますが、そもそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違い
ない(ファッチはそれ以前からもフレイジャーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが
視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜
半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンスの認可に関わる利害関係者は、90年代には亡く
なっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関するドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、
アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュトークが原因で、2人の関係
が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会わせることが多く、
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
憎悪のみに殊更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちて
いたのかも知れませんが、失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。 フレイジャーの失明ですが、まず有り得ない。
情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、
プロ入り直前の練習中に傷めて「ほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーは
プロになれない。各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科
専門医の診断でアウト。地元のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃
して貰える?発覚した段階で、ペンシルベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから
指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょう。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目
をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャーはプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、
ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして戦うことになりますが、最初のうちはペンシル
ベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数年に1回/州がそれぞれに規定)に
更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同時に1920年代初頭に
発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。そしてフレ
イジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち
自身のキャリアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分
の選手が踏ん切りをつけられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは
正式にチーフに就任しますが、そもそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違い
ない(ファッチはそれ以前からもフレイジャーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが
視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜
半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンスの認可に関わる利害関係者は、90年代には亡く
なっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関するドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、
アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュトークが原因で、2人の関係
が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会わせることが多く、
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
憎悪のみに殊更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちて
いたのかも知れませんが、失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
タイピー フレイジャーの失明ですが、まず有り得ない。
情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、
プロ入り直前の練習中に傷めて「ほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーは
プロになれない。各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科
専門医の診断でアウト。地元のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃
して貰える?発覚した段階で、ペンシルベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから
指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょう。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目
をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャーはプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、
ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして戦うことになりますが、最初のうちはペンシル
ベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数年に1回/州がそれぞれに規定)に
更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同時に1920年代初頭に
発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。そしてフレ
イジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち
自身のキャリアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分
の選手が踏ん切りをつけられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは
正式にチーフに就任しますが、そもそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違い
ない(ファッチはそれ以前からもフレイジャーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが
視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜
半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンスの認可に関わる利害関係者は、90年代には亡く
なっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関するドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、
アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュトークが原因で、2人の関係
が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会わせることが多く、
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
憎悪のみに殊更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちて
いたのかも知れませんが、失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。 信者が〇藤屋旅館の番頭さん(牧場記事を書いたフォトグラファー)のXに
Pさんは行ったことないのかな?(人気YouTuber←)
とリプして
行った事ないでしょうね
うちの旅館には来たことあると思いますけど
と返されててワロタw
凸が悪口言ってた旅館だって知るわけもないか…w
番頭さんに悪評伝わってないかし…www >>408
>〇藤屋旅館の番頭さん(牧場記事を書いたフォトグラファー)
noteのプロフィールがすごかった
肩書こそないけど、それこそ実質的に佐渡の観光大使みたいな人かも
タイピーに対しては不明だけど、YouTuberのけえさんには好意的な印象だった(同じ佐渡生まれ佐渡育ちで佐渡のPRを頑張る“同志”だものね)
関岬放牧場にどうして入れたのかと思えば、こういう人なら許可も出そうですね
https://archive.md/sLCFk
>ちなみに、残念ながらこの牧場は関係者以外立ち入り禁止となっており、許可なく入ることは出来ません。
>靴を消毒し牧場に入ると、佐渡牛たちがのんびりと草をはんでおりました。
「タイピーさん?失礼ですが存じあげない方です」と言われなかっただけでもよしとしなきゃw
https://i.imgur.com/hUvNctc.jpeg
デコは○藤屋旅館の悪口言ってたの?
知らなかった
去年秋の第3回ゴミツアーでお世話になったはずなのに
いつ頃ですか? >>409
そそ、この方凄い人なんだよね
牧場の事でウロウロしていて辿り着いて
旅館の何代目?かの方とか…
旅館の悪口はホスの一覧に書いてあるのを
つい先日見つけて、あれ?確か牧場の?と思ったら
やっぱりそうだった
でも一覧には内容は書いてないし
いつのライブかもわからなかったから
自分も探す気力はなかったw
まぁどうせどうしよーもない文句じゃないかと思うけど
1さんなら知ってるかと思ったw
しかしなんでP信者は佐渡といえばPさん!
知ってて当たり前みたいな感じであちこち凸(とつ)るのかw
この前も小木港のポストしてた人に
オギンコの由来のとこだーみたいに凸って
オギンコとは?と返されてたの見てフイタwww >>410
○藤屋旅館の悪口探してきたw
佐渡○藤家旅館&あいぽーと佐渡のカラオケ機器批判
https://kanto.hostlove.com/youtube/20240705211940/i866
https://kanto.hostlove.com/youtube/20231005235501/i867
https://kanto.hostlove.com/youtube/20230811122612/i187
確かにゴミツアーの時に○藤屋旅館でカラオケやって何かグチグチ言ってた
あいぽーと佐渡は、イベントのカラオケ大会で歌ってた(来場者が1曲につき100円払って勝手に歌うだけなんだけど)
私はねー
亡くなった子猫動画からタイデコが心底嫌になって見なくなった
デコチャンネルは以前はそれこそ細大漏らさずって感じでチェックしていたのに、今は話題になった部分を文字起こしで探して、そこだけ視聴するスタイル
タイピーの方は間もなく再開したw
デコに比べれば比較にならないほど短いし、見ないことには感想も言えないし >>410
ところでついにXに課金ですねw
まぁ5ちゃんねるに課金するよりは遥かにコスパはよさそうですが
それにしても長いねー、ブリちゃんのまとめ
今度の日曜日はブリちゃんの手術終了報告ライブらしい
ほんと、犬猫の不幸=再生回数稼ぎだわ 6さん、昨日メールしました
私にも病院についての概要を教えてくださってありがとうございました
それと皆さん、今までsageるの忘れててごめんなさい >>411
あーこれかぁ…
自分が下手だからだろーに機材に文句ゆーなwと
思った記憶がうっすらあるw
ライブで言ってるだけじゃなくて
旅館にも一言位言ってそうな気がする…😅
てか、乙でしたw
>>412
そ、とうとう課金ですわwww
あのまとめは本当に秀逸だし
で、あそこは一応裏垢だし(もはや本垢だけどw)
お金はどうでもP凸の為に課金もなぁぁってのがあって
画像にして貼るか?とか
使ってないアメブロにコピペして誘導か?とか…
でもワンクッションあるとあまり意味ない気もするし
何より見づらいからやっぱり課金が1番だなーと
ブリちゃんのまとめ、画像が4枚しか貼れなくて
思ったよりスレッドが長くなってしまったのが誤算だた…w
でも文字数制限ないとめっちゃ快適でいいw
もっと早くすれば良かったwww
手術の結果聞いてるのにわざわざ日曜ライブとか
また手術代に〜ってスパチャが飛ぶんだろうねぇ >>413
sage忘れ、全然気づかなかった〜w
自分もよくあるあるです、お気になさらずどうぞノシ >>414
課金したら画像も気前よく10枚くらい貼らせて欲しいよねw
去年デコがいったあいぽーと佐渡のイベント
https://www.visitsado.com/media/files/pdf/20230808-0815_beerfesta.pdf
https://i.imgur.com/tOZ19LY.jpeg
https://i.imgur.com/DPEouJ4.jpeg
>のど自慢集まれ!! カラオケチャレンジ
90点以上で飲食チケット(1,000円) プレゼント!! 1曲挑戦 100円
getした話はなかったので90点に到達しなかったんだろね
https://i.imgur.com/cjl9OYn.jpeg
佐渡あいぽーとに来ています
午後6:27 2023年8月13日
https://i.imgur.com/H9DZVeg.jpeg
あいぽーと佐渡でカラオケ🎤歌ってきました。タイピー日記と清原さんとDekoJazzを登録している視聴者さんがいらっしゃって
楽しい時間になりました。
午後7:02 2023年8月13日 >>413
そう
age sageは気にしなくて大丈夫ですよ
変な荒らしが来るけど超過疎スレでそんな事で怒る人は誰もいないし >>416
あの歌で90点出たらそれこそ機材がおかしいw >>418
ひどwww
CD2枚も出してるのに
自主制作CD1000枚はデコが生きてるうちにSOLD OUTするのかなw
もう1枚の方(伊那の元の気クリニックの院長が出した)は売れ残ってもデコはあまり関係なさそ >>419
名前の由来はひどいヤツからですものwww(垢名もhidoihi…w)
てゆかあの人素人レベルでも上手い方じゃないのに
自信満々なのは凄いし、ある意味尊敬する(羨ましくはないw)
なんか優秀な脳内変換器が備わってるんだろうなぁ… >>420
どこかに書いた覚えがあるのですが、一度NHKののど自慢に挑戦して欲しい
恐らく予選落ちで本番には出られないと思う
出られるとしたら歌ではなくあの強烈なキャラでお笑い担当での出場かな あらら
花火大会なのに雨降ってきちゃったよ
例年8月の第1土曜日(隅田川花火大会の翌週)と決まってるけど、今年はパリオリンピックの関係で今週になった >>423
こちらもざーっと降りそうな感じ
さっき花火の音が微かに聞こえてたから
セーフだったようだけど
今凸が小木港の花火大会ライブ配信してるね
花火大会って隅田川花火大会みたいな大きなものとかは
テレビ中継もされるし
小さなものでも自治体がライブ配信してたりするけど
個人でもしていいものなんだろか?
一応収益得るわけだしね
今まで考えた事もなかったがw >>424
花火大会ライブ配信はどうなんだろwww
あの親子はやることなすことアレだからついつい疑ってかかっちゃうよね
うちの地元の花火大会は無事終了
うちから打ち上げ会場まで3kmぐらい離れてるから会場は降らなかったぽい
ニュースで「なんとか雨は免れました」だって 昨日のデコライブ
ワンピースを短パンの中にぐしゃっと突っ込んだまま出歩いていたのに、コソコソ見てくるだけで誰も教えてくれなかった話も呆れたが、「この夏初めて佐渡で過ごしてびっくりしたのはイベントだらけで〜」にはもっと呆れた
https://i.imgur.com/vjXIgMY.png
去年も一昨年も夏はべったり佐渡だったはず
去年は6月末から10月頭まで3か月たっぷり佐渡で、この伊那に戻ったのはたったの1週間だけだった
これは私の書き込み
https://kanto.hostlove.com/youtube/20231005235501/n943
https://kanto.hostlove.com/youtube/20231005235501/n950 で、一昨年の夏は忘れもしないソラン行方不明事案があった
「そろばん1か月休んで佐渡で過ごす」と言っていて(まぁ実際にそろばん教室はZoomでやった)、8/30末まで佐渡にいた
8/30 タイピーと一緒に佐渡を出て東京へ
8/31 東京で1泊(講談社訪問など)して伊那に戻る
佐渡はスティーブを呼んで留守を任せたが、その時にソランが脱走して行方不明になった >>426
>この伊那に戻ったのはたったの1週間だけだった
↓
この間、伊那に戻ったのはたったの1週間だけだった >>426
>>427
ナチュラルに忘れちゃってるのか
息を吐くように嘘が出てくるのか
自分のいる場所もわからなくなっちゃってるのか…w
いずれにしてもヤバい人だなw 爆見てシコシコ書いていたらイチさんが先に投稿してたw
ごくたまーにのやる気だったのでせっかくだからここに投稿させてくださいw
タイピー曰く、「ちょっと電話越しだったんで、はっきりした内容ちょっと覚えていない」らしい
・先週木曜日、通常なら3〜5時間の手術のところ、朝から昼を跨いで夕方5時か6時位に「先程手術が終わりました」と電話があった。かなり大手術になったそう。
・手の甲の補強しなければいけない骨の癒着が凄い事になっていて、それを剥がすのに3時間かかった
・一部骨が落ちていて、それを本来の位置に戻すのが一番難しかったと先生は言っていたらしい
・こぬか先生が入れたピンを取り除き、横にプレートを入れてボルトで小指部分を接合。10mmほど小指が短くなったようだ。
・時間が経っていたので、あるはずの骨が一部削れてしまってなくなっていた。タイピー曰く、「まぁ多分走ったり、結構運動量が凄いからそういうのもあって削れちゃったんだろうなという話でした」
・結論としては最善を尽くしてくれて、完全には骨の位置を元に戻せない部分もあったが、(脚の)形は元に戻ったようだ。
・手術が終わった時は麻酔が効いているので目を少し開きながらすやすや眠っている状態だった
・今、先生にしか巻けない凄い硬いギプスをしている。1ヶ月間は様子を見ながら、ギプスを変えたり巻き直したりと色々やってくれていると思う。
・ブリは人懐こいのでケージに近づくと近寄ってきてスリスリしているみたい。入院して3日は緊張していたのか💩をしなかった。今は💩は出ているし食欲もある
・来週あたりにお見舞いに行こうと思っている。飼い主の臭い匂いが付いたものを好むようなので、タイピーが寝た枕のタオルと、それと噛むものが好きなのでたくさん持っていこうと思っている。入院は9月末ぐらいまで、多分10月近くになってしまう >>431
私のはこれを入れてないわ
>飼い主の臭い匂いが付いたものを好むようなので、タイピーが寝た枕のタオルと、それと噛むものが好きなのでたくさん持っていこうと思っている。
それと、歯と避妊手術も一緒にしてもらおうかと思ってやめた話も省いてしまった >>432
いやいやいや!ごめんよだなんてとんでもないですよ
てか動画見ながら書いたらしっかり頭に入ったからそれでOKw
もしかしてブリちゃん、帰宅後はトイレトレーニングバッチリだったりねー
そしてやっぱりチョロさんのトイレトレーニングもしない方向なんだね
それでいて親子2人で丸1日出かけたりするんだからなぁ
オムツだって長時間放置じゃ気持ち悪いだろうに >>433
あ、自分も歯と避妊手術の話はすっかり忘れていた;
まだ手術する気は一応あったんだね >>434
チョロのトイレねー
「なるべく外でさせるようにしてる」って
いやいやせっかくだから家の中の決まった場所で出来るようにトレーニングしなよ
先が長いのにさ
チョロがラルフに腰を振る話もなんだかなーだった
ラルフがメスのわんこに今までやってきた悪いことのブーメランだって チョロの腰振り
https://i.imgur.com/zpgmM8D.png
あのラルフおじさんの
ラルフおじさんは
ずっと今までいろんなメスのわんこにですね
なんか腰を振って
すごいめちゃめちゃ悪かった過去があるんですけど
で、ブリちゃんの恋の時もブリちゃんに襲ってなんか腰振ってて
ブリちゃんそれでトラウマなったのが
今でもラルおじに切れるんですけど
で、今になってちょっと元気がなくなって
で、ちょろ助が来たら今度まさかの
ちょろ助がラルフおじさんの腰になんかふりふりフリフリし出して
今までやってきた自分の過去の悪さが全部自分にブーメランで返ってきてるっていう今更
なので自分の撒いた種は返ってきますよ
気をつけましょう
自分も気をつけます
撒いた種は刈り取りますから
ブーメラン
結構ちょろ助はですねなんか
コミュニケーション力が高くていろんな
ま、動画見てくださると分かるんですけど
いろんな猫ちゃんにどんどんアプローチして
意外とみんなもそんなに全然嫌じゃない感じでいい感じですね
まさかの女子にやられるっていうね
これほど屈辱的なことはないでしょ >>436
ソワソワし出したらトイレシートに乗せてってのを繰り返して、シートの上で排泄する感覚さえ覚えさせれば自分たちだって掃除の面でも楽なのになんでやらんのかね
そういえばラルフの時にシート敷いとくのをタイピーが臭いと嫌がったんだっけ?
だから庭?家の中で粗相したら更に臭くなるのに意味不だわ
あ、○○だから目先の楽を取っているだけか
ブーメランにも「はぁ?」だったね
てことは今チョロ子は完全にラルフを下に見ているんだなぁ >なので自分の撒いた種は返ってきますよ
気をつけましょう
自分も気をつけます
撒いた種は刈り取りますから
ぽかーんです >>438
>そういえばラルフの時にシート敷いとくのをタイピーが臭いと嫌がったんだっけ?
そんな話もあったんだ
見逃してるわ 独り言
何かちっさなミス連発してるわ、私
今日は気づいただけでも番号間違いが2回
面倒だから直さないw
読んだ人が脳内補完してくれるよね
あ、あいつは突っ込むかな
でも案外こんなことでは突っ込まない気もする フレイジャーの失明ですが、まず有り得ない。
情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、
プロ入り直前の練習中に傷めて「ほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーは
プロになれない。各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科
専門医の診断でアウト。地元のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃
して貰える?発覚した段階で、ペンシルベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから
指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょう。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目
をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャーはプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、
ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして戦うことになりますが、最初のうちはペンシル
ベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数年に1回/州がそれぞれに規定)に
更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同時に1920年代初頭に
発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。そしてフレ
イジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち
自身のキャリアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分
の選手が踏ん切りをつけられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは
正式にチーフに就任しますが、そもそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違い
ない(ファッチはそれ以前からもフレイジャーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが
視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜
半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンスの認可に関わる利害関係者は、90年代には亡く
なっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関するドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、
アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュトークが原因で、2人の関係
が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会わせることが多く、
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
憎悪のみに殊更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちて
いたのかも知れませんが、失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
タイピー フレイジャーの失明ですが、まず有り得ない。
情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、
プロ入り直前の練習中に傷めて「ほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーは
プロになれない。各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科
専門医の診断でアウト。地元のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃
して貰える?発覚した段階で、ペンシルベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから
指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょう。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目
をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャーはプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、
ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして戦うことになりますが、最初のうちはペンシル
ベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数年に1回/州がそれぞれに規定)に
更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同時に1920年代初頭に
発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。そしてフレ
イジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち
自身のキャリアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分
の選手が踏ん切りをつけられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは
正式にチーフに就任しますが、そもそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違い
ない(ファッチはそれ以前からもフレイジャーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが
視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜
半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンスの認可に関わる利害関係者は、90年代には亡く
なっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関するドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、
アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュトークが原因で、2人の関係
が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会わせることが多く、
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
憎悪のみに殊更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちて
いたのかも知れませんが、失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。 フレイジャーの失明ですが、まず有り得ない。
情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、
プロ入り直前の練習中に傷めて「ほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーは
プロになれない。各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科
専門医の診断でアウト。地元のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃
して貰える?発覚した段階で、ペンシルベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから
指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょう。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目
をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャーはプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、
ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして戦うことになりますが、最初のうちはペンシル
ベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数年に1回/州がそれぞれに規定)に
更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同時に1920年代初頭に
発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。そしてフレ
イジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち
自身のキャリアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分
の選手が踏ん切りをつけられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは
正式にチーフに就任しますが、そもそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違い
ない(ファッチはそれ以前からもフレイジャーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが
視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜
半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンスの認可に関わる利害関係者は、90年代には亡く
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アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュトークが原因で、2人の関係
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アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
憎悪のみに殊更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちて
いたのかも知れませんが、失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
タイピー フレイジャーの失明ですが、まず有り得ない。
情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、
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専門医の診断でアウト。地元のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃
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指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょう。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目
をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャーはプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、
ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして戦うことになりますが、最初のうちはペンシル
ベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数年に1回/州がそれぞれに規定)に
更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同時に1920年代初頭に
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イジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
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自身のキャリアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分
の選手が踏ん切りをつけられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは
正式にチーフに就任しますが、そもそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違い
ない(ファッチはそれ以前からもフレイジャーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが
視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜
半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンスの認可に関わる利害関係者は、90年代には亡く
なっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関するドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、
アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュトークが原因で、2人の関係
が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会わせることが多く、
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
憎悪のみに殊更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちて
いたのかも知れませんが、失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。 フレイジャーの失明ですが、まず有り得ない。
情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、
プロ入り直前の練習中に傷めて「ほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーは
プロになれない。各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科
専門医の診断でアウト。地元のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃
して貰える?発覚した段階で、ペンシルベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから
指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょう。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目
をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャーはプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、
ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして戦うことになりますが、最初のうちはペンシル
ベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数年に1回/州がそれぞれに規定)に
更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同時に1920年代初頭に
発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。そしてフレ
イジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち
自身のキャリアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分
の選手が踏ん切りをつけられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは
正式にチーフに就任しますが、そもそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違い
ない(ファッチはそれ以前からもフレイジャーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが
視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜
半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンスの認可に関わる利害関係者は、90年代には亡く
なっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関するドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、
アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュトークが原因で、2人の関係
が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会わせることが多く、
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
憎悪のみに殊更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちて
いたのかも知れませんが、失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
タイピー フレイジャーの失明ですが、まず有り得ない。
情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、
プロ入り直前の練習中に傷めて「ほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーは
プロになれない。各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科
専門医の診断でアウト。地元のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃
して貰える?発覚した段階で、ペンシルベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから
指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょう。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目
をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャーはプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、
ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして戦うことになりますが、最初のうちはペンシル
ベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数年に1回/州がそれぞれに規定)に
更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同時に1920年代初頭に
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イジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
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自身のキャリアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分
の選手が踏ん切りをつけられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは
正式にチーフに就任しますが、そもそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違い
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半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンスの認可に関わる利害関係者は、90年代には亡く
なっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関するドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、
アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュトークが原因で、2人の関係
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アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
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讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
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讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
憎悪のみに殊更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちて
いたのかも知れませんが、失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網
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ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。 フレイジャーの失明ですが、まず有り得ない。
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ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして戦うことになりますが、最初のうちはペンシル
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イジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
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アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
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讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
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憎悪のみに殊更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちて
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ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
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プロになれない。各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科
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指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょう。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目
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ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして戦うことになりますが、最初のうちはペンシル
ベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数年に1回/州がそれぞれに規定)に
更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同時に1920年代初頭に
発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。そしてフレ
イジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち
自身のキャリアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分
の選手が踏ん切りをつけられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは
正式にチーフに就任しますが、そもそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違い
ない(ファッチはそれ以前からもフレイジャーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが
視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜
半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンスの認可に関わる利害関係者は、90年代には亡く
なっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関するドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、
アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュトークが原因で、2人の関係
が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会わせることが多く、
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
憎悪のみに殊更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちて
いたのかも知れませんが、失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。 フレイジャーの失明ですが、まず有り得ない。
情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、
プロ入り直前の練習中に傷めて「ほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーは
プロになれない。各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科
専門医の診断でアウト。地元のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃
して貰える?発覚した段階で、ペンシルベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから
指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょう。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目
をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャーはプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、
ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして戦うことになりますが、最初のうちはペンシル
ベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数年に1回/州がそれぞれに規定)に
更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同時に1920年代初頭に
発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。そしてフレ
イジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち
自身のキャリアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分
の選手が踏ん切りをつけられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは
正式にチーフに就任しますが、そもそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違い
ない(ファッチはそれ以前からもフレイジャーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが
視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜
半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンスの認可に関わる利害関係者は、90年代には亡く
なっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関するドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、
アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュトークが原因で、2人の関係
が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会わせることが多く、
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
憎悪のみに殊更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちて
いたのかも知れませんが、失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
タイピー フレイジャーの失明ですが、まず有り得ない。
情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、
プロ入り直前の練習中に傷めて「ほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーは
プロになれない。各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科
専門医の診断でアウト。地元のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃
して貰える?発覚した段階で、ペンシルベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから
指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょう。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目
をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャーはプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、
ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして戦うことになりますが、最初のうちはペンシル
ベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数年に1回/州がそれぞれに規定)に
更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同時に1920年代初頭に
発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。そしてフレ
イジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち
自身のキャリアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分
の選手が踏ん切りをつけられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは
正式にチーフに就任しますが、そもそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違い
ない(ファッチはそれ以前からもフレイジャーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが
視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜
半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンスの認可に関わる利害関係者は、90年代には亡く
なっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関するドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、
アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュトークが原因で、2人の関係
が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会わせることが多く、
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
憎悪のみに殊更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちて
いたのかも知れませんが、失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。 フレイジャーの失明ですが、まず有り得ない。
情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、
プロ入り直前の練習中に傷めて「ほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーは
プロになれない。各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科
専門医の診断でアウト。地元のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃
して貰える?発覚した段階で、ペンシルベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから
指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょう。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目
をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャーはプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、
ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして戦うことになりますが、最初のうちはペンシル
ベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数年に1回/州がそれぞれに規定)に
更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同時に1920年代初頭に
発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。そしてフレ
イジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち
自身のキャリアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分
の選手が踏ん切りをつけられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは
正式にチーフに就任しますが、そもそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違い
ない(ファッチはそれ以前からもフレイジャーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが
視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜
半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンスの認可に関わる利害関係者は、90年代には亡く
なっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関するドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、
アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュトークが原因で、2人の関係
が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会わせることが多く、
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
憎悪のみに殊更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちて
いたのかも知れませんが、失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
タイピー あーすみません
ツチノコってゆーたのは自分ですwww >>457
ワルイヒトだwww
ま、私も人のことは言えないけどw ご無沙汰してます
仕事と体力低下でネットに繋ぐことすら億劫になっていました…
最近すっかりホスを見に行かなくなってたけど(他スレも見る時間ないけど)久々に見たらエホってたからつい終末について書き殴ってしまったw
あれまた長文の奴が来たとかウザいとか言われるのかなw
数年前まではホスも賢そうな人の書き込みが多くて読んでて楽しかったけど今はつまらないね >>460
お久しぶりです
お大事になさってください
もたもた台風のせいでずっとグズグズ天気なので、気圧の影響で体調崩す体質の人は大変だろうなと思います ホスのこれが目についた
https://kanto.hostlove.com/youtube/20240830035715/n550
今年の4月から足場に関して法改正されたんで気になってたんで
あの足場で問題ないのかな?と思ってた
ちゃんと組まないと業者は違法になるし
ましてYouTubeで配信されてたら絶対やらない
本格的に足場組むとお金もかかるから凸はケチりそうだし、その辺で揉めたとかないのかなーw
匿名さん 2024/09/02 05:17
↓法改正はこれのことだね
足場からの墜落防止措置が 強化されます
https://jsite.mhlw.go.jp/akita-roudoukyoku/content/contents/001611331.pdf
https://i.imgur.com/jEjNuye.jpeg
https://i.imgur.com/qtySqOt.png
https://i.imgur.com/No7eQX6.png
https://i.imgur.com/vk8mvAN.png
@ 一側足場の使用範囲が明確化されます
幅が1メートル以上の箇所において足場を使用するときは、原則として本足場を使用する ことが必要になります。
ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー
私は建築関係の知識はゼロ
一側足場も本足場も初めて知った言葉だけど、ネットで得た知識とスクショを比べた限りではタイピーハウスの足場は本足場なんじゃないかと思う
https://i.imgur.com/2ucnS0g.jpeg
https://i.imgur.com/n4j0jjX.jpeg 一級建築士を目指すこの人に聞けば簡単に答えは出ると思う
https://x.com/cellbururu
セルジオ悦子ちゃんに何かプレゼントして聞いてみたいのだけれど、私のXは鍵アカ
セルジオ悦子ちゃんが保護された時からフォローして毎日鼻の下伸ばしてても鍵アカじゃ相手にされないよね
どなたか建築士のお知り合いはいませんかー? w というか、このホスの書き込みと同じ主旨の書き込みを爆サイかどこかで見た気がするのよね
気のせいかな >>465
一番最後の画像の右下のブツに「クリエイティブ」と書いてありますねw
こういうので目にして頭に残って自慢の息子の褒め言葉に使ってたのかしら ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています