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ちゅーばー ★6
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0001名無しさん@ピンキー2024/10/23(水) 07:11:24.00ID:/2hX82nA
テンプレ無し
※前スレ
ちゅーばー
https://phoebe.bbspink.com/test/read.cgi/healing/1663526433/
ちゅーばー ★2
https://phoebe.bbspink.com/test/read.cgi/healing/1714427724/
ちゅーばー ★3
https://phoebe.bbspink.com/test/read.cgi/healing/1717331508/
ちゅーばー ★4
https://phoebe.bbspink.com/test/read.cgi/healing/1720431834/
ちゅーばー ★5
https://phoebe.bbspink.com/test/read.cgi/healing/1728775360/
026862024/10/30(水) 15:36:43.88ID:AbHrxUU5
JPWの人
ポン吉が好きなあの人
同一かなぁと疑っている
0269HB2024/10/30(水) 15:58:51.14ID:1bV1Djh2
>>267
試乗に行ったというのはうっすらと記憶にあったので大丈夫ですw
違う車の試乗動画出してさりげなく匂わせ?
それともたまたま行ったら
隣にマカロンがあったんだろうかw

まとめ、お手数お掛けしてすみません
お時間ある時で全く構わないので
よろしくお願いします〜
ありがとうございます🙇‍♂
0270名無しさん@ピンキー2024/10/30(水) 16:15:28.95ID:xxACD2j9
>>269
プロフ、2時前に投下したよwww
取り敢えずあんなんで我慢しておいてね
0271HB2024/10/30(水) 16:58:14.62ID:1bV1Djh2
>>270
えーはやっさすがです…
お手数お掛けしましたー
ありがとうございます!
行ってきますノシ
0272前スレ>>91は都知事選のポスター枠販売と同じ思考のクズだな2024/10/30(水) 23:20:03.93ID:RzaMjM91
■■ここは癒し板スレだぞ
■■YouTube板スレに行け!!
情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、プロ入り
直前の練習中に傷めて「実はほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーはプロになれない。
各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科専門医の診断でアウト。地元
のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃して貰える?発覚した段階で、ペンシル
ベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょ
う。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャー
はプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして
戦うことになりますが、最初のうちはペンシルベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数
年に1回/州がそれぞれに規定)に更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同
時に1920年代初頭に発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンス
の認可に関わる利害関係者は、90年代には亡くなっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関す
るドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュ
トークが原因で、2人の関係が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会
わせることが多く、アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タ
イムズが掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を讃
えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する憎悪のみに殊
更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちていたのかも知れませんが、
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い
続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だったニューヨークで、失明した選手にライセンスを許
可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなっていたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと思いますよ。
0273前スレ>>91は都知事選のポスター枠販売と同じ思考のクズだな2024/10/30(水) 23:20:31.48ID:RzaMjM91
■■ここは癒し板スレだ
■■YouTube板スレに行け!
情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、
プロ入り直前の練習中に傷めて「ほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーは
プロになれない。各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科
専門医の診断でアウト。地元のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃
して貰える?発覚した段階で、ペンシルベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから
指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょう。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目
をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャーはプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、
ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして戦うことになりますが、最初のうちはペンシル
ベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数年に1回/州がそれぞれに規定)に
更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同時に1920年代初頭に
発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。そしてフレ
イジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち
自身のキャリアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分
の選手が踏ん切りをつけられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは
正式にチーフに就任しますが、そもそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違い
ない(ファッチはそれ以前からもフレイジャーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが
視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜
半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンスの認可に関わる利害関係者は、90年代には亡く
なっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関するドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、
アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュトークが原因で、2人の関係
が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会わせることが多く、
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
憎悪のみに殊更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちて
いたのかも知れませんが、失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
0274前スレ>>91は都知事選のポスター枠販売と同じ思考のクズだな2024/10/30(水) 23:21:05.39ID:RzaMjM91
■■ここは癒し板スレだぞ
■■YouTube板スレに行け!!
情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、プロ入り
直前の練習中に傷めて「実はほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーはプロになれない。
各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科専門医の診断でアウト。地元
のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃して貰える?発覚した段階で、ペンシル
ベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょ
う。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャー
はプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして
戦うことになりますが、最初のうちはペンシルベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数
年に1回/州がそれぞれに規定)に更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同
時に1920年代初頭に発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンス
の認可に関わる利害関係者は、90年代には亡くなっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関す
るドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュ
トークが原因で、2人の関係が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会
わせることが多く、アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タ
イムズが掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を讃
えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する憎悪のみに殊
更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちていたのかも知れませんが、
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い
続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だったニューヨークで、失明した選手にライセンスを許
可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなっていたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと思いますよ。
0275前スレ>>91は都知事選のポスター枠販売と同じ思考のクズだな2024/10/30(水) 23:25:13.46ID:RzaMjM91
■■ここは癒し板スレだ
■■YouTube板スレに行け!
情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、
プロ入り直前の練習中に傷めて「ほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーは
プロになれない。各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科
専門医の診断でアウト。地元のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃
して貰える?発覚した段階で、ペンシルベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから
指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょう。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目
をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャーはプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、
ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして戦うことになりますが、最初のうちはペンシル
ベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数年に1回/州がそれぞれに規定)に
更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同時に1920年代初頭に
発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。そしてフレ
イジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち
自身のキャリアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分
の選手が踏ん切りをつけられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは
正式にチーフに就任しますが、そもそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違い
ない(ファッチはそれ以前からもフレイジャーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが
視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜
半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンスの認可に関わる利害関係者は、90年代には亡く
なっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関するドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、
アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュトークが原因で、2人の関係
が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会わせることが多く、
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
憎悪のみに殊更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちて
いたのかも知れませんが、失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
0276前スレ>>91は都知事選のポスター枠販売と同じ思考のクズだな2024/10/30(水) 23:26:00.31ID:RzaMjM91
■■ここは癒し板スレだぞ
■■YouTube板スレに行け!!
情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、プロ入り
直前の練習中に傷めて「実はほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーはプロになれない。
各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科専門医の診断でアウト。地元
のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃して貰える?発覚した段階で、ペンシル
ベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょ
う。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャー
はプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして
戦うことになりますが、最初のうちはペンシルベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数
年に1回/州がそれぞれに規定)に更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同
時に1920年代初頭に発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンス
の認可に関わる利害関係者は、90年代には亡くなっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関す
るドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュ
トークが原因で、2人の関係が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会
わせることが多く、アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タ
イムズが掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を讃
えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する憎悪のみに殊
更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちていたのかも知れませんが、
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い
続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だったニューヨークで、失明した選手にライセンスを許
可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなっていたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと思いますよ。
0277前スレ>>91は都知事選のポスター枠販売と同じ思考のクズだな2024/10/30(水) 23:27:00.17ID:RzaMjM91
■■ここは癒し板スレだ
■■YouTube板スレに行け!
情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、
プロ入り直前の練習中に傷めて「ほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーは
プロになれない。各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科
専門医の診断でアウト。地元のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃
して貰える?発覚した段階で、ペンシルベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから
指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょう。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目
をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャーはプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、
ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして戦うことになりますが、最初のうちはペンシル
ベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数年に1回/州がそれぞれに規定)に
更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同時に1920年代初頭に
発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。そしてフレ
イジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち
自身のキャリアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分
の選手が踏ん切りをつけられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは
正式にチーフに就任しますが、そもそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違い
ない(ファッチはそれ以前からもフレイジャーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが
視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜
半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンスの認可に関わる利害関係者は、90年代には亡く
なっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関するドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、
アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュトークが原因で、2人の関係
が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会わせることが多く、
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
憎悪のみに殊更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちて
いたのかも知れませんが、失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
0278前スレ>>91は都知事選のポスター枠販売と同じ思考のクズだな2024/10/30(水) 23:28:00.25ID:RzaMjM91
■■ここは癒し板スレだぞ
■■YouTube板スレに行け!!
情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、プロ入り
直前の練習中に傷めて「実はほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーはプロになれない。
各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科専門医の診断でアウト。地元
のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃して貰える?発覚した段階で、ペンシル
ベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょ
う。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャー
はプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして
戦うことになりますが、最初のうちはペンシルベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数
年に1回/州がそれぞれに規定)に更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同
時に1920年代初頭に発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンス
の認可に関わる利害関係者は、90年代には亡くなっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関す
るドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュ
トークが原因で、2人の関係が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会
わせることが多く、アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タ
イムズが掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を讃
えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する憎悪のみに殊
更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちていたのかも知れませんが、
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い
続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だったニューヨークで、失明した選手にライセンスを許
可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなっていたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと思いますよ。
0279前スレ>>91は都知事選のポスター枠販売と同じ思考のクズだな2024/10/30(水) 23:29:00.34ID:RzaMjM91
■■ここは癒し板スレだ
■■YouTube板スレに行け!
情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、
プロ入り直前の練習中に傷めて「ほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーは
プロになれない。各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科
専門医の診断でアウト。地元のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃
して貰える?発覚した段階で、ペンシルベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから
指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょう。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目
をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャーはプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、
ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして戦うことになりますが、最初のうちはペンシル
ベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数年に1回/州がそれぞれに規定)に
更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同時に1920年代初頭に
発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。そしてフレ
イジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち
自身のキャリアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分
の選手が踏ん切りをつけられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは
正式にチーフに就任しますが、そもそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違い
ない(ファッチはそれ以前からもフレイジャーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが
視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜
半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンスの認可に関わる利害関係者は、90年代には亡く
なっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関するドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、
アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュトークが原因で、2人の関係
が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会わせることが多く、
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
憎悪のみに殊更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちて
いたのかも知れませんが、失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
0280前スレ>>91は都知事選のポスター枠販売と同じ思考のクズだな2024/10/30(水) 23:30:00.14ID:RzaMjM91
■■ここは癒し板スレだぞ
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情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、プロ入り
直前の練習中に傷めて「実はほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーはプロになれない。
各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科専門医の診断でアウト。地元
のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃して貰える?発覚した段階で、ペンシル
ベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょ
う。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャー
はプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして
戦うことになりますが、最初のうちはペンシルベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数
年に1回/州がそれぞれに規定)に更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同
時に1920年代初頭に発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンス
の認可に関わる利害関係者は、90年代には亡くなっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関す
るドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュ
トークが原因で、2人の関係が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会
わせることが多く、アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タ
イムズが掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を讃
えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する憎悪のみに殊
更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちていたのかも知れませんが、
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い
続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だったニューヨークで、失明した選手にライセンスを許
可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなっていたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと思いますよ。
028862024/10/31(木) 01:18:48.51ID:/pubZ1QU
おうおう
元気だなぁ
0289HB2024/10/31(木) 07:34:12.85ID:UfZ+q/83
2つブロックしたらほぼ消えて草
0292前スレ>>91は都知事選のポスター枠販売と同じ思考のクズだな2024/10/31(木) 23:59:14.52ID:CxW10f5J
■■ここは癒し板スレだぞ
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情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、プロ入り
直前の練習中に傷めて「実はほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーはプロになれない。
各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科専門医の診断でアウト。地元
のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃して貰える?発覚した段階で、ペンシル
ベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょ
う。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャー
はプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして
戦うことになりますが、最初のうちはペンシルベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数
年に1回/州がそれぞれに規定)に更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同
時に1920年代初頭に発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンス
の認可に関わる利害関係者は、90年代には亡くなっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関す
るドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュ
トークが原因で、2人の関係が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会
わせることが多く、アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タ
イムズが掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を讃
えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する憎悪のみに殊
更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちていたのかも知れませんが、
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い
続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だったニューヨークで、失明した選手にライセンスを許
可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなっていたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと思いますよ。
0293HB2024/11/01(金) 05:54:37.47ID:6Wtm3sSJ
スクリプトもどきさん、最近連投しないし
名前欄も変更しないし
ちょっと手抜きになってない?w
0295前スレ>>91は都知事選のポスター枠販売と同じ思考のクズだな2024/11/01(金) 23:45:00.21ID:XKfZX05y
情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、
プロ入り直前の練習中に傷めて「ほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーは
プロになれない。各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科
専門医の診断でアウト。地元のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃
して貰える?発覚した段階で、ペンシルベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから
指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょう。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目
をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャーはプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、
ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして戦うことになりますが、最初のうちはペンシル
ベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数年に1回/州がそれぞれに規定)に
更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同時に1920年代初頭に
発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。そしてフレ
イジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち
自身のキャリアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分
の選手が踏ん切りをつけられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは
正式にチーフに就任しますが、そもそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違い
ない(ファッチはそれ以前からもフレイジャーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが
視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜
半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンスの認可に関わる利害関係者は、90年代には亡く
なっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関するドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、
アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュトークが原因で、2人の関係
が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会わせることが多く、
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
憎悪のみに殊更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちて
いたのかも知れませんが、失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
0296前スレ>>91は都知事選のポスター枠販売と同じ思考のクズだな2024/11/01(金) 23:45:59.97ID:XKfZX05y
■■ここは癒し板スレだぞ
■■YouTube板スレに行け!!
情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、プロ入り
直前の練習中に傷めて「実はほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーはプロになれない。
各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科専門医の診断でアウト。地元
のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃して貰える?発覚した段階で、ペンシル
ベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょ
う。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャー
はプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして
戦うことになりますが、最初のうちはペンシルベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数
年に1回/州がそれぞれに規定)に更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同
時に1920年代初頭に発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンス
の認可に関わる利害関係者は、90年代には亡くなっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関す
るドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュ
トークが原因で、2人の関係が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会
わせることが多く、アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タ
イムズが掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を讃
えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する憎悪のみに殊
更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちていたのかも知れませんが、
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い
続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だったニューヨークで、失明した選手にライセンスを許
可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなっていたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと思いますよ。
0297名無しさん@ピンキー2024/11/02(土) 09:57:28.78ID:n6jga/cy
本スレ
少し前から変なのが張り切ってる
「お前も十分変だwww」の指摘は無しでお願いしたいw
0298名無しさん@ピンキー2024/11/02(土) 10:09:57.80ID:7CTAAQ8+
>>297
こいつだったか……ってなったよねw

あとに続いて、キンポンたちがたびたび脱走していることも把握しているって書こう思ったけどやめたわ
0299前スレ>>91は都知事選のポスター枠販売と同じ思考のクズだな2024/11/02(土) 18:33:59.82ID:Td+3ziqg
■■ここは癒し板スレだ
■■YouTube板スレに行け!
情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、
プロ入り直前の練習中に傷めて「ほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーは
プロになれない。各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科
専門医の診断でアウト。地元のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃
して貰える?発覚した段階で、ペンシルベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから
指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょう。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目
をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャーはプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、
ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして戦うことになりますが、最初のうちはペンシル
ベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数年に1回/州がそれぞれに規定)に
更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同時に1920年代初頭に
発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。そしてフレ
イジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち
自身のキャリアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分
の選手が踏ん切りをつけられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは
正式にチーフに就任しますが、そもそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違い
ない(ファッチはそれ以前からもフレイジャーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが
視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜
半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンスの認可に関わる利害関係者は、90年代には亡く
なっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関するドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、
アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュトークが原因で、2人の関係
が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会わせることが多く、
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
憎悪のみに殊更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちて
いたのかも知れませんが、失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
0300前スレ>>91は都知事選のポスター枠販売と同じ思考のクズだな2024/11/02(土) 18:34:59.85ID:IWTR/GTE
■■ここは癒し板スレだぞ
■■YouTube板スレに行け!!
情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、プロ入り
直前の練習中に傷めて「実はほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーはプロになれない。
各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科専門医の診断でアウト。地元
のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃して貰える?発覚した段階で、ペンシル
ベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょ
う。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャー
はプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして
戦うことになりますが、最初のうちはペンシルベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数
年に1回/州がそれぞれに規定)に更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同
時に1920年代初頭に発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンス
の認可に関わる利害関係者は、90年代には亡くなっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関す
るドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュ
トークが原因で、2人の関係が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会
わせることが多く、アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タ
イムズが掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を讃
えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する憎悪のみに殊
更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちていたのかも知れませんが、
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い
続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だったニューヨークで、失明した選手にライセンスを許
可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなっていたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと思いますよ。
0301前スレ>>91は都知事選のポスター枠販売と同じ思考のクズだな2024/11/02(土) 18:35:59.95ID:IWTR/GTE
■■ここは癒し板スレだ
■■YouTube板スレに行け!
情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、
プロ入り直前の練習中に傷めて「ほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーは
プロになれない。各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科
専門医の診断でアウト。地元のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃
して貰える?発覚した段階で、ペンシルベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから
指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょう。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目
をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャーはプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、
ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして戦うことになりますが、最初のうちはペンシル
ベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数年に1回/州がそれぞれに規定)に
更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同時に1920年代初頭に
発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。そしてフレ
イジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち
自身のキャリアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分
の選手が踏ん切りをつけられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは
正式にチーフに就任しますが、そもそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違い
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視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜
半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンスの認可に関わる利害関係者は、90年代には亡く
なっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関するドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、
アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュトークが原因で、2人の関係
が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会わせることが多く、
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
憎悪のみに殊更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちて
いたのかも知れませんが、失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
0302前スレ>>91は都知事選のポスター枠販売と同じ思考のクズだな2024/11/02(土) 18:36:59.80ID:IWTR/GTE
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情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、プロ入り
直前の練習中に傷めて「実はほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーはプロになれない。
各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科専門医の診断でアウト。地元
のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃して貰える?発覚した段階で、ペンシル
ベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょ
う。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャー
はプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして
戦うことになりますが、最初のうちはペンシルベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数
年に1回/州がそれぞれに規定)に更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同
時に1920年代初頭に発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンス
の認可に関わる利害関係者は、90年代には亡くなっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関す
るドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュ
トークが原因で、2人の関係が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会
わせることが多く、アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タ
イムズが掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を讃
えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する憎悪のみに殊
更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちていたのかも知れませんが、
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い
続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だったニューヨークで、失明した選手にライセンスを許
可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなっていたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと思いますよ。
0303前スレ>>91は都知事選のポスター枠販売と同じ思考のクズだな2024/11/02(土) 18:37:59.84ID:IWTR/GTE
■■ここは癒し板スレだ
■■YouTube板スレに行け!
情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、
プロ入り直前の練習中に傷めて「ほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーは
プロになれない。各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科
専門医の診断でアウト。地元のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃
して貰える?発覚した段階で、ペンシルベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから
指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょう。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目
をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャーはプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、
ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして戦うことになりますが、最初のうちはペンシル
ベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数年に1回/州がそれぞれに規定)に
更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同時に1920年代初頭に
発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。そしてフレ
イジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち
自身のキャリアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分
の選手が踏ん切りをつけられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは
正式にチーフに就任しますが、そもそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違い
ない(ファッチはそれ以前からもフレイジャーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが
視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜
半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンスの認可に関わる利害関係者は、90年代には亡く
なっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関するドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、
アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュトークが原因で、2人の関係
が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会わせることが多く、
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
憎悪のみに殊更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちて
いたのかも知れませんが、失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
0304前スレ>>91は都知事選のポスター枠販売と同じ思考のクズだな2024/11/02(土) 18:38:59.63ID:IWTR/GTE
■■ここは癒し板スレだぞ
■■YouTube板スレに行け!!
情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、プロ入り
直前の練習中に傷めて「実はほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーはプロになれない。
各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科専門医の診断でアウト。地元
のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃して貰える?発覚した段階で、ペンシル
ベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょ
う。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャー
はプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして
戦うことになりますが、最初のうちはペンシルベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数
年に1回/州がそれぞれに規定)に更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同
時に1920年代初頭に発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンス
の認可に関わる利害関係者は、90年代には亡くなっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関す
るドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュ
トークが原因で、2人の関係が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会
わせることが多く、アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タ
イムズが掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を讃
えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する憎悪のみに殊
更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちていたのかも知れませんが、
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い
続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だったニューヨークで、失明した選手にライセンスを許
可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなっていたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと思いますよ。
0305前スレ>>91は都知事選のポスター枠販売と同じ思考のクズだな2024/11/02(土) 18:40:07.51ID:IWTR/GTE
■■ここは癒し板スレだ
■■YouTube板スレに行け!
情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、
プロ入り直前の練習中に傷めて「ほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーは
プロになれない。各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科
専門医の診断でアウト。地元のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃
して貰える?発覚した段階で、ペンシルベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから
指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょう。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目
をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャーはプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、
ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして戦うことになりますが、最初のうちはペンシル
ベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数年に1回/州がそれぞれに規定)に
更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同時に1920年代初頭に
発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。そしてフレ
イジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち
自身のキャリアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分
の選手が踏ん切りをつけられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは
正式にチーフに就任しますが、そもそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違い
ない(ファッチはそれ以前からもフレイジャーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが
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なっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関するドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、
アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュトークが原因で、2人の関係
が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会わせることが多く、
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
憎悪のみに殊更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちて
いたのかも知れませんが、失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
0306前スレ>>91は都知事選のポスター枠販売と同じ思考のクズだな2024/11/02(土) 18:40:59.52ID:IWTR/GTE
■■ここは癒し板スレだぞ
■■YouTube板スレに行け!!
情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、プロ入り
直前の練習中に傷めて「実はほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーはプロになれない。
各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科専門医の診断でアウト。地元
のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃して貰える?発覚した段階で、ペンシル
ベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょ
う。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャー
はプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして
戦うことになりますが、最初のうちはペンシルベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数
年に1回/州がそれぞれに規定)に更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同
時に1920年代初頭に発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンス
の認可に関わる利害関係者は、90年代には亡くなっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関す
るドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュ
トークが原因で、2人の関係が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会
わせることが多く、アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タ
イムズが掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を讃
えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する憎悪のみに殊
更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちていたのかも知れませんが、
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い
続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だったニューヨークで、失明した選手にライセンスを許
可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなっていたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと思いますよ。
0307前スレ>>91は都知事選のポスター枠販売と同じ思考のクズだな2024/11/02(土) 18:41:59.65ID:IWTR/GTE
■■ここは癒し板スレだ
■■YouTube板スレに行け!
情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、
プロ入り直前の練習中に傷めて「ほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーは
プロになれない。各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科
専門医の診断でアウト。地元のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃
して貰える?発覚した段階で、ペンシルベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから
指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょう。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目
をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャーはプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、
ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして戦うことになりますが、最初のうちはペンシル
ベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数年に1回/州がそれぞれに規定)に
更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同時に1920年代初頭に
発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。そしてフレ
イジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち
自身のキャリアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分
の選手が踏ん切りをつけられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは
正式にチーフに就任しますが、そもそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違い
ない(ファッチはそれ以前からもフレイジャーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが
視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜
半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンスの認可に関わる利害関係者は、90年代には亡く
なっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関するドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、
アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュトークが原因で、2人の関係
が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会わせることが多く、
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
憎悪のみに殊更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちて
いたのかも知れませんが、失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
0308前スレ>>91は都知事選のポスター枠販売と同じ思考のクズだな2024/11/02(土) 18:42:59.71ID:IWTR/GTE
■■ここは癒し板スレだぞ
■■YouTube板スレに行け!!
情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、プロ入り
直前の練習中に傷めて「実はほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーはプロになれない。
各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科専門医の診断でアウト。地元
のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃して貰える?発覚した段階で、ペンシル
ベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょ
う。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャー
はプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして
戦うことになりますが、最初のうちはペンシルベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数
年に1回/州がそれぞれに規定)に更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同
時に1920年代初頭に発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンス
の認可に関わる利害関係者は、90年代には亡くなっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関す
るドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュ
トークが原因で、2人の関係が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会
わせることが多く、アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タ
イムズが掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を讃
えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する憎悪のみに殊
更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちていたのかも知れませんが、
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い
続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だったニューヨークで、失明した選手にライセンスを許
可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなっていたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと思いますよ。
0309前スレ>>91は都知事選のポスター枠販売と同じ思考のクズだな2024/11/02(土) 18:43:59.32ID:IWTR/GTE
■■ここは癒し板スレだ
■■YouTube板スレに行け!
情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、
プロ入り直前の練習中に傷めて「ほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーは
プロになれない。各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科
専門医の診断でアウト。地元のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃
して貰える?発覚した段階で、ペンシルベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから
指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょう。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目
をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャーはプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、
ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして戦うことになりますが、最初のうちはペンシル
ベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数年に1回/州がそれぞれに規定)に
更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同時に1920年代初頭に
発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。そしてフレ
イジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち
自身のキャリアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分
の選手が踏ん切りをつけられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは
正式にチーフに就任しますが、そもそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違い
ない(ファッチはそれ以前からもフレイジャーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが
視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜
半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンスの認可に関わる利害関係者は、90年代には亡く
なっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関するドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、
アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュトークが原因で、2人の関係
が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会わせることが多く、
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
憎悪のみに殊更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちて
いたのかも知れませんが、失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
0310前スレ>>91は都知事選のポスター枠販売と同じ思考のクズだな2024/11/02(土) 18:44:59.86ID:IWTR/GTE
■■ここは癒し板スレだぞ
■■YouTube板スレに行け!!
情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、プロ入り
直前の練習中に傷めて「実はほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーはプロになれない。
各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科専門医の診断でアウト。地元
のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃して貰える?発覚した段階で、ペンシル
ベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょ
う。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャー
はプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして
戦うことになりますが、最初のうちはペンシルベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数
年に1回/州がそれぞれに規定)に更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同
時に1920年代初頭に発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンス
の認可に関わる利害関係者は、90年代には亡くなっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関す
るドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュ
トークが原因で、2人の関係が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会
わせることが多く、アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タ
イムズが掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を讃
えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する憎悪のみに殊
更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちていたのかも知れませんが、
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い
続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だったニューヨークで、失明した選手にライセンスを許
可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなっていたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと思いますよ。
0311名無しさん@ピンキー2024/11/02(土) 23:07:09.46ID:n6jga/cy
タイピー日記コミュニティ
2024/11/02 21時頃

https://www.youtube.com/post/UgkxJhe-isua9j-hZo157J98fC5UETBlK0-h
https://i.imgur.com/JH0v0oD.jpeg
タイピー日記/taipi
1 時間前
最近少しずつ気持ちの整理ができてきてリンの小さい頃の特集を少し作ることができました。
来週半ば以降に投稿できると思います。
Recently, I've been able to sort out my feelings little by little and create a small feature on Rin when she was little.
I think I'll be able to post it from the middle of next week.
0312HB2024/11/03(日) 07:32:35.66ID:YRh+DB4F
リンちゃん特集よりひょうたんやブリちゃんの現状のが見たいのに
相変わらずズレとるな
0313HB2024/11/03(日) 07:44:21.43ID:YRh+DB4F
来週半ば以降にリンちゃん特集出すって
那須でグッズ売るための戦略よなw
0316名無しさん@ピンキー2024/11/03(日) 07:51:39.23ID:pbviwKzw
昨日のライブでは、「ま、ブリちゃんはちょっと行けないかも知れないけど……」って那須のこと話してたけど
本当にそうならいいんですがね。。。
0318名無しさん@ピンキー2024/11/03(日) 07:55:43.87ID:CoNk4C7+
今は視聴者のりんちゃんロスを利用して儲けなきゃが最優先でしょ

昨日のデコライブ
まだ途中までだけど、悲しくてリンちゃんの動画まだ見られないと言うチャット民に対しても「見て!見て!リンちゃん可愛いから」
グッズはリンちゃんのお陰で在庫が捌けて嬉しくてしょうがない
「だいぶ無くなった。グッズ買ってくれた人には簡単なお礼を(不謹慎かと思ったがピンクで)手書きしたものを付けて発送してる」
「カレンダーはまだ半年楽しめるから。カレンダーというか写真集みたいなもの。Tシャツは欠品してるのでまだ発送できないものもある。スティーブさんが印刷して作ってるのでもうちょっと待っててね」
0319HB2024/11/03(日) 08:04:26.42ID:YRh+DB4F
昨日のライブで(終わり近くだったか?)
P〇P〇さんがチョロがロフトから落ちそうで怖いと何回か言っていて
柵?を付けてあげてとかいってたら
お金かかるしー広いしー無理とか言ってて
相変わらず安全より金かよと思った
しまいにはうるさいと言わんばかりに
いやそうな顔でなんか言ってたな…
(もういいから的なw何だったかもう失念)

リアタイでチャット表示すると
嫌でもあの顔が目に入ってくるので
苦行の難易度がめっちゃアップする…
0320名無しさん@ピンキー2024/11/03(日) 08:25:37.20ID:pbviwKzw
あれ?さっきまで文字おこし付いてたのに。。。

(ウロ)「落ちそうでも落ちないから大丈夫」が「○にそうでも○なないから大丈夫」にならないといいけど
0322名無しさん@ピンキー2024/11/03(日) 09:28:30.60ID:CoNk4C7+
>>320-321
何分か前にチャット消えたね
文字起こしは消えても一時的だと思う
著作権侵害してたから当該曲の歌唱部分を消音にしたんだと思う
こんな時だから視聴者のチャットを優先して収益諦める可能性もあるなと思った自分が甘かった
何よりも大切なのは金カネかねでござる
0323名無しさん@ピンキー2024/11/03(日) 10:23:04.39ID:CoNk4C7+
ピロピロさんが作って送ってくれたチョロの服
どこかにやっちゃってたんだね
ロフトで見つけて「ここにあるじゃん」
https://i.imgur.com/236UItj.jpeg

りんちゃんの首輪も同様
デコが1番好きというブリリンお揃いの首輪(小花が3個付いた赤いの)も、タイピーが買ったGPSを付けた首輪もリンちゃんが落としてきてそのまま
デコ「近所のどこかにあると思う」
0324名無しさん@ピンキー2024/11/03(日) 22:32:59.74ID:nIC9LcTO
「学校坂堺東店」(堺市堺区)
0325名無しさん@ピンキー2024/11/03(日) 22:33:11.45ID:nIC9LcTO
「学校坂3年K組」(大阪市都島区)
0326名無しさん@ピンキー2024/11/03(日) 22:33:22.87ID:nIC9LcTO
「京橋コスプレアイドル学園」(大阪市都島区)
0327前スレ>>91は都知事選のポスター枠販売と同じ思考のクズだな2024/11/04(月) 21:57:00.34ID:Scotzo6E
■■ここは癒し板スレだ
■■YouTube板スレに行け!
情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、
プロ入り直前の練習中に傷めて「ほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーは
プロになれない。各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科
専門医の診断でアウト。地元のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃
して貰える?発覚した段階で、ペンシルベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから
指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょう。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目
をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャーはプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、
ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして戦うことになりますが、最初のうちはペンシル
ベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数年に1回/州がそれぞれに規定)に
更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同時に1920年代初頭に
発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。そしてフレ
イジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち
自身のキャリアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分
の選手が踏ん切りをつけられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは
正式にチーフに就任しますが、そもそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違い
ない(ファッチはそれ以前からもフレイジャーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが
視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜
半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンスの認可に関わる利害関係者は、90年代には亡く
なっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関するドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、
アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュトークが原因で、2人の関係
が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会わせることが多く、
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
憎悪のみに殊更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちて
いたのかも知れませんが、失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
0328前スレ>>91は都知事選のポスター枠販売と同じ思考のクズだな2024/11/04(月) 21:58:00.36ID:Scotzo6E
■■ここは癒し板スレだぞ
■■YouTube板スレに行け!!
情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、プロ入り
直前の練習中に傷めて「実はほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーはプロになれない。
各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科専門医の診断でアウト。地元
のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃して貰える?発覚した段階で、ペンシル
ベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょ
う。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャー
はプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして
戦うことになりますが、最初のうちはペンシルベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数
年に1回/州がそれぞれに規定)に更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同
時に1920年代初頭に発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンス
の認可に関わる利害関係者は、90年代には亡くなっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関す
るドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュ
トークが原因で、2人の関係が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会
わせることが多く、アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タ
イムズが掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を讃
えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する憎悪のみに殊
更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちていたのかも知れませんが、
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
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リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い
続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だったニューヨークで、失明した選手にライセンスを許
可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなっていたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと思いますよ。
0329前スレ>>91は都知事選のポスター枠販売と同じ思考のクズだな2024/11/04(月) 21:59:00.16ID:Scotzo6E
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いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
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讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
憎悪のみに殊更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちて
いたのかも知れませんが、失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
0330前スレ>>91は都知事選のポスター枠販売と同じ思考のクズだな2024/11/04(月) 22:00:00.19ID:Scotzo6E
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直前の練習中に傷めて「実はほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーはプロになれない。
各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科専門医の診断でアウト。地元
のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃して貰える?発覚した段階で、ペンシル
ベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょ
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はプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして
戦うことになりますが、最初のうちはペンシルベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数
年に1回/州がそれぞれに規定)に更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同
時に1920年代初頭に発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。
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ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンス
の認可に関わる利害関係者は、90年代には亡くなっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関す
るドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュ
トークが原因で、2人の関係が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会
わせることが多く、アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タ
イムズが掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を讃
えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する憎悪のみに殊
更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちていたのかも知れませんが、
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
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リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い
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0331前スレ>>91は都知事選のポスター枠販売と同じ思考のクズだな2024/11/04(月) 22:01:00.10ID:Scotzo6E
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プロになれない。各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科
専門医の診断でアウト。地元のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃
して貰える?発覚した段階で、ペンシルベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから
指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょう。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目
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ベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数年に1回/州がそれぞれに規定)に
更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同時に1920年代初頭に
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イジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち
自身のキャリアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分
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正式にチーフに就任しますが、そもそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違い
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視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜
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讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
憎悪のみに殊更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちて
いたのかも知れませんが、失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
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いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
0332前スレ>>91は都知事選のポスター枠販売と同じ思考のクズだな2024/11/04(月) 22:02:00.22ID:Scotzo6E
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各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科専門医の診断でアウト。地元
のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃して貰える?発覚した段階で、ペンシル
ベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょ
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戦うことになりますが、最初のうちはペンシルベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数
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更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちていたのかも知れませんが、
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
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もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い
続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だったニューヨークで、失明した選手にライセンスを許
可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなっていたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと思いますよ。
0333前スレ>>91は都知事選のポスター枠販売と同じ思考のクズだな2024/11/04(月) 22:03:00.05ID:Scotzo6E
■■ここは癒し板スレだ
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なっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関するドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、
アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュトークが原因で、2人の関係
が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会わせることが多く、
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
憎悪のみに殊更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちて
いたのかも知れませんが、失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
0334前スレ>>91は都知事選のポスター枠販売と同じ思考のクズだな2024/11/04(月) 22:04:00.19ID:Scotzo6E
■■ここは癒し板スレだぞ
■■YouTube板スレに行け!!
情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、プロ入り
直前の練習中に傷めて「実はほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーはプロになれない。
各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科専門医の診断でアウト。地元
のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃して貰える?発覚した段階で、ペンシル
ベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょ
う。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャー
はプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして
戦うことになりますが、最初のうちはペンシルベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数
年に1回/州がそれぞれに規定)に更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同
時に1920年代初頭に発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンス
の認可に関わる利害関係者は、90年代には亡くなっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関す
るドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュ
トークが原因で、2人の関係が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会
わせることが多く、アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タ
イムズが掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を讃
えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する憎悪のみに殊
更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちていたのかも知れませんが、
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い
続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だったニューヨークで、失明した選手にライセンスを許
可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなっていたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと思いますよ。
0335前スレ>>91は都知事選のポスター枠販売と同じ思考のクズだな2024/11/04(月) 22:05:00.08ID:Scotzo6E
■■ここは癒し板スレだ
■■YouTube板スレに行け!
情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、
プロ入り直前の練習中に傷めて「ほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーは
プロになれない。各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科
専門医の診断でアウト。地元のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃
して貰える?発覚した段階で、ペンシルベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから
指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょう。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目
をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャーはプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、
ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして戦うことになりますが、最初のうちはペンシル
ベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数年に1回/州がそれぞれに規定)に
更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同時に1920年代初頭に
発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。そしてフレ
イジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち
自身のキャリアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分
の選手が踏ん切りをつけられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは
正式にチーフに就任しますが、そもそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違い
ない(ファッチはそれ以前からもフレイジャーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが
視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜
半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンスの認可に関わる利害関係者は、90年代には亡く
なっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関するドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、
アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュトークが原因で、2人の関係
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アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
憎悪のみに殊更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちて
いたのかも知れませんが、失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
0336前スレ>>91は都知事選のポスター枠販売と同じ思考のクズだな2024/11/04(月) 22:06:00.37ID:Scotzo6E
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情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、プロ入り
直前の練習中に傷めて「実はほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーはプロになれない。
各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科専門医の診断でアウト。地元
のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃して貰える?発覚した段階で、ペンシル
ベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょ
う。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャー
はプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして
戦うことになりますが、最初のうちはペンシルベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数
年に1回/州がそれぞれに規定)に更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同
時に1920年代初頭に発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンス
の認可に関わる利害関係者は、90年代には亡くなっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関す
るドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュ
トークが原因で、2人の関係が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会
わせることが多く、アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タ
イムズが掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を讃
えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する憎悪のみに殊
更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちていたのかも知れませんが、
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い
続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だったニューヨークで、失明した選手にライセンスを許
可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなっていたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと思いますよ。
0337前スレ>>91は都知事選のポスター枠販売と同じ思考のクズだな2024/11/04(月) 22:07:00.13ID:Scotzo6E
■■ここは癒し板スレだ
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情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、
プロ入り直前の練習中に傷めて「ほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーは
プロになれない。各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科
専門医の診断でアウト。地元のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃
して貰える?発覚した段階で、ペンシルベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから
指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょう。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目
をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャーはプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、
ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして戦うことになりますが、最初のうちはペンシル
ベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数年に1回/州がそれぞれに規定)に
更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同時に1920年代初頭に
発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。そしてフレ
イジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち
自身のキャリアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分
の選手が踏ん切りをつけられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは
正式にチーフに就任しますが、そもそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違い
ない(ファッチはそれ以前からもフレイジャーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが
視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜
半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンスの認可に関わる利害関係者は、90年代には亡く
なっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関するドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、
アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュトークが原因で、2人の関係
が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会わせることが多く、
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
憎悪のみに殊更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちて
いたのかも知れませんが、失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
0338前スレ>>91は都知事選のポスター枠販売と同じ思考のクズだな2024/11/04(月) 22:08:00.25ID:Scotzo6E
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情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、プロ入り
直前の練習中に傷めて「実はほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーはプロになれない。
各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科専門医の診断でアウト。地元
のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃して貰える?発覚した段階で、ペンシル
ベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょ
う。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャー
はプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして
戦うことになりますが、最初のうちはペンシルベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数
年に1回/州がそれぞれに規定)に更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同
時に1920年代初頭に発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンス
の認可に関わる利害関係者は、90年代には亡くなっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関す
るドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュ
トークが原因で、2人の関係が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会
わせることが多く、アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タ
イムズが掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を讃
えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する憎悪のみに殊
更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちていたのかも知れませんが、
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い
続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だったニューヨークで、失明した選手にライセンスを許
可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなっていたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと思いますよ。
0339前スレ>>91は都知事選のポスター枠販売と同じ思考のクズだな2024/11/04(月) 22:09:00.30ID:Scotzo6E
■■ここは癒し板スレだ
■■YouTube板スレに行け!
情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、
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専門医の診断でアウト。地元のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃
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指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょう。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目
をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャーはプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、
ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして戦うことになりますが、最初のうちはペンシル
ベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数年に1回/州がそれぞれに規定)に
更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同時に1920年代初頭に
発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。そしてフレ
イジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち
自身のキャリアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分
の選手が踏ん切りをつけられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは
正式にチーフに就任しますが、そもそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違い
ない(ファッチはそれ以前からもフレイジャーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが
視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜
半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンスの認可に関わる利害関係者は、90年代には亡く
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アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュトークが原因で、2人の関係
が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会わせることが多く、
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
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ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
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アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
憎悪のみに殊更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちて
いたのかも知れませんが、失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
0340前スレ>>91は都知事選のポスター枠販売と同じ思考のクズだな2024/11/04(月) 22:10:00.39ID:Scotzo6E
■■ここは癒し板スレだぞ
■■YouTube板スレに行け!!
情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、プロ入り
直前の練習中に傷めて「実はほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーはプロになれない。
各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科専門医の診断でアウト。地元
のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃して貰える?発覚した段階で、ペンシル
ベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょ
う。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャー
はプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして
戦うことになりますが、最初のうちはペンシルベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数
年に1回/州がそれぞれに規定)に更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同
時に1920年代初頭に発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンス
の認可に関わる利害関係者は、90年代には亡くなっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関す
るドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュ
トークが原因で、2人の関係が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会
わせることが多く、アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タ
イムズが掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を讃
えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する憎悪のみに殊
更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちていたのかも知れませんが、
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い
続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だったニューヨークで、失明した選手にライセンスを許
可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなっていたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと思いますよ。
0341前スレ>>91は都知事選のポスター枠販売と同じ思考のクズだな2024/11/04(月) 22:11:00.25ID:Scotzo6E
■■ここは癒し板スレだ
■■YouTube板スレに行け!
情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、
プロ入り直前の練習中に傷めて「ほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーは
プロになれない。各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科
専門医の診断でアウト。地元のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃
して貰える?発覚した段階で、ペンシルベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから
指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょう。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目
をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャーはプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、
ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして戦うことになりますが、最初のうちはペンシル
ベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数年に1回/州がそれぞれに規定)に
更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同時に1920年代初頭に
発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。そしてフレ
イジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち
自身のキャリアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分
の選手が踏ん切りをつけられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは
正式にチーフに就任しますが、そもそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違い
ない(ファッチはそれ以前からもフレイジャーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが
視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜
半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンスの認可に関わる利害関係者は、90年代には亡く
なっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関するドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、
アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュトークが原因で、2人の関係
が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会わせることが多く、
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
憎悪のみに殊更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちて
いたのかも知れませんが、失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
0342前スレ>>91は都知事選のポスター枠販売と同じ思考のクズだな2024/11/04(月) 22:11:59.97ID:Scotzo6E
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情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、プロ入り
直前の練習中に傷めて「実はほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーはプロになれない。
各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科専門医の診断でアウト。地元
のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃して貰える?発覚した段階で、ペンシル
ベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょ
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はプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして
戦うことになりますが、最初のうちはペンシルベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数
年に1回/州がそれぞれに規定)に更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同
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そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンス
の認可に関わる利害関係者は、90年代には亡くなっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関す
るドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュ
トークが原因で、2人の関係が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会
わせることが多く、アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タ
イムズが掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を讃
えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する憎悪のみに殊
更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちていたのかも知れませんが、
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い
続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だったニューヨークで、失明した選手にライセンスを許
可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなっていたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと思いますよ。
0343前スレ>>91は都知事選のポスター枠販売と同じ思考のクズだな2024/11/04(月) 22:13:00.18ID:Scotzo6E
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情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、
プロ入り直前の練習中に傷めて「ほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーは
プロになれない。各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科
専門医の診断でアウト。地元のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃
して貰える?発覚した段階で、ペンシルベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから
指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょう。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目
をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャーはプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、
ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして戦うことになりますが、最初のうちはペンシル
ベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数年に1回/州がそれぞれに規定)に
更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同時に1920年代初頭に
発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。そしてフレ
イジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち
自身のキャリアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分
の選手が踏ん切りをつけられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは
正式にチーフに就任しますが、そもそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違い
ない(ファッチはそれ以前からもフレイジャーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが
視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜
半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンスの認可に関わる利害関係者は、90年代には亡く
なっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関するドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、
アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュトークが原因で、2人の関係
が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会わせることが多く、
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
憎悪のみに殊更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちて
いたのかも知れませんが、失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
0344前スレ>>91は都知事選のポスター枠販売と同じ思考のクズだな2024/11/04(月) 22:14:00.11ID:Scotzo6E
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直前の練習中に傷めて「実はほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーはプロになれない。
各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科専門医の診断でアウト。地元
のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃して貰える?発覚した段階で、ペンシル
ベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょ
う。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャー
はプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして
戦うことになりますが、最初のうちはペンシルベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数
年に1回/州がそれぞれに規定)に更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同
時に1920年代初頭に発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンス
の認可に関わる利害関係者は、90年代には亡くなっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関す
るドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュ
トークが原因で、2人の関係が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会
わせることが多く、アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タ
イムズが掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を讃
えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する憎悪のみに殊
更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちていたのかも知れませんが、
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い
続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だったニューヨークで、失明した選手にライセンスを許
可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなっていたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと思いますよ。
0345前スレ>>91は都知事選のポスター枠販売と同じ思考のクズだな2024/11/04(月) 22:15:00.23ID:Scotzo6E
■■ここは癒し板スレだ
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プロ入り直前の練習中に傷めて「ほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーは
プロになれない。各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科
専門医の診断でアウト。地元のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃
して貰える?発覚した段階で、ペンシルベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから
指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょう。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目
をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャーはプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、
ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして戦うことになりますが、最初のうちはペンシル
ベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数年に1回/州がそれぞれに規定)に
更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同時に1920年代初頭に
発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。そしてフレ
イジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち
自身のキャリアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分
の選手が踏ん切りをつけられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは
正式にチーフに就任しますが、そもそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違い
ない(ファッチはそれ以前からもフレイジャーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが
視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜
半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンスの認可に関わる利害関係者は、90年代には亡く
なっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関するドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、
アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュトークが原因で、2人の関係
が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会わせることが多く、
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
憎悪のみに殊更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちて
いたのかも知れませんが、失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
0346前スレ>>91は都知事選のポスター枠販売と同じ思考のクズだな2024/11/04(月) 22:16:00.38ID:Scotzo6E
■■ここは癒し板スレだぞ
■■YouTube板スレに行け!!
情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、プロ入り
直前の練習中に傷めて「実はほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーはプロになれない。
各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科専門医の診断でアウト。地元
のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃して貰える?発覚した段階で、ペンシル
ベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょ
う。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャー
はプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして
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時に1920年代初頭に発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
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もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンス
の認可に関わる利害関係者は、90年代には亡くなっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関す
るドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュ
トークが原因で、2人の関係が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会
わせることが多く、アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タ
イムズが掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を讃
えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する憎悪のみに殊
更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちていたのかも知れませんが、
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い
続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だったニューヨークで、失明した選手にライセンスを許
可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなっていたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと思いますよ。
0347前スレ>>91は都知事選のポスター枠販売と同じ思考のクズだな2024/11/04(月) 22:17:00.21ID:Scotzo6E
■■ここは癒し板スレだ
■■YouTube板スレに行け!
情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、
プロ入り直前の練習中に傷めて「ほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーは
プロになれない。各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科
専門医の診断でアウト。地元のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃
して貰える?発覚した段階で、ペンシルベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから
指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょう。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目
をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャーはプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、
ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして戦うことになりますが、最初のうちはペンシル
ベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数年に1回/州がそれぞれに規定)に
更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同時に1920年代初頭に
発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。そしてフレ
イジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち
自身のキャリアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分
の選手が踏ん切りをつけられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは
正式にチーフに就任しますが、そもそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違い
ない(ファッチはそれ以前からもフレイジャーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが
視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜
半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンスの認可に関わる利害関係者は、90年代には亡く
なっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関するドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、
アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュトークが原因で、2人の関係
が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会わせることが多く、
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
憎悪のみに殊更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちて
いたのかも知れませんが、失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
0348前スレ>>91は都知事選のポスター枠販売と同じ思考のクズだな2024/11/04(月) 22:18:00.20ID:Scotzo6E
■■ここは癒し板スレだぞ
■■YouTube板スレに行け!!
情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、プロ入り
直前の練習中に傷めて「実はほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーはプロになれない。
各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科専門医の診断でアウト。地元
のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃して貰える?発覚した段階で、ペンシル
ベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょ
う。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャー
はプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして
戦うことになりますが、最初のうちはペンシルベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数
年に1回/州がそれぞれに規定)に更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同
時に1920年代初頭に発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンス
の認可に関わる利害関係者は、90年代には亡くなっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関す
るドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュ
トークが原因で、2人の関係が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会
わせることが多く、アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タ
イムズが掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を讃
えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する憎悪のみに殊
更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちていたのかも知れませんが、
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い
続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だったニューヨークで、失明した選手にライセンスを許
可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなっていたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと思いますよ。
0349前スレ>>91は都知事選のポスター枠販売と同じ思考のクズだな2024/11/04(月) 22:19:00.16ID:Scotzo6E
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情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、
プロ入り直前の練習中に傷めて「ほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーは
プロになれない。各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科
専門医の診断でアウト。地元のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃
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ベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数年に1回/州がそれぞれに規定)に
更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同時に1920年代初頭に
発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。そしてフレ
イジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち
自身のキャリアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分
の選手が踏ん切りをつけられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは
正式にチーフに就任しますが、そもそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違い
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視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜
半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンスの認可に関わる利害関係者は、90年代には亡く
なっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関するドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、
アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュトークが原因で、2人の関係
が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会わせることが多く、
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
憎悪のみに殊更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちて
いたのかも知れませんが、失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
0350前スレ>>91は都知事選のポスター枠販売と同じ思考のクズだな2024/11/04(月) 22:20:00.16ID:Scotzo6E
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各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科専門医の診断でアウト。地元
のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃して貰える?発覚した段階で、ペンシル
ベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょ
う。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャー
はプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして
戦うことになりますが、最初のうちはペンシルベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数
年に1回/州がそれぞれに規定)に更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同
時に1920年代初頭に発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンス
の認可に関わる利害関係者は、90年代には亡くなっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関す
るドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュ
トークが原因で、2人の関係が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会
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イムズが掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を讃
えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する憎悪のみに殊
更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちていたのかも知れませんが、
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い
続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だったニューヨークで、失明した選手にライセンスを許
可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなっていたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと思いますよ。
0351前スレ>>91は都知事選のポスター枠販売と同じ思考のクズだな2024/11/04(月) 22:21:00.15ID:Scotzo6E
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情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、
プロ入り直前の練習中に傷めて「ほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーは
プロになれない。各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科
専門医の診断でアウト。地元のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃
して貰える?発覚した段階で、ペンシルベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから
指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょう。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目
をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャーはプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、
ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして戦うことになりますが、最初のうちはペンシル
ベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数年に1回/州がそれぞれに規定)に
更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同時に1920年代初頭に
発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。そしてフレ
イジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち
自身のキャリアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分
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正式にチーフに就任しますが、そもそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違い
ない(ファッチはそれ以前からもフレイジャーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが
視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜
半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンスの認可に関わる利害関係者は、90年代には亡く
なっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関するドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、
アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュトークが原因で、2人の関係
が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会わせることが多く、
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
憎悪のみに殊更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちて
いたのかも知れませんが、失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
0352前スレ>>91は都知事選のポスター枠販売と同じ思考のクズだな2024/11/04(月) 22:22:00.31ID:Scotzo6E
■■ここは癒し板スレだぞ
■■YouTube板スレに行け!!
情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、プロ入り
直前の練習中に傷めて「実はほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーはプロになれない。
各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科専門医の診断でアウト。地元
のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃して貰える?発覚した段階で、ペンシル
ベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょ
う。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャー
はプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして
戦うことになりますが、最初のうちはペンシルベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数
年に1回/州がそれぞれに規定)に更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同
時に1920年代初頭に発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンス
の認可に関わる利害関係者は、90年代には亡くなっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関す
るドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュ
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そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
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もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い
続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だったニューヨークで、失明した選手にライセンスを許
可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなっていたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと思いますよ。
0353前スレ>>91は都知事選のポスター枠販売と同じ思考のクズだな2024/11/04(月) 22:23:00.27ID:Scotzo6E
■■ここは癒し板スレだ
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情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、
プロ入り直前の練習中に傷めて「ほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーは
プロになれない。各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科
専門医の診断でアウト。地元のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃
して貰える?発覚した段階で、ペンシルベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから
指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょう。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目
をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャーはプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、
ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして戦うことになりますが、最初のうちはペンシル
ベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数年に1回/州がそれぞれに規定)に
更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同時に1920年代初頭に
発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。そしてフレ
イジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち
自身のキャリアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分
の選手が踏ん切りをつけられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは
正式にチーフに就任しますが、そもそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違い
ない(ファッチはそれ以前からもフレイジャーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが
視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜
半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンスの認可に関わる利害関係者は、90年代には亡く
なっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関するドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、
アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュトークが原因で、2人の関係
が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会わせることが多く、
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
憎悪のみに殊更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちて
いたのかも知れませんが、失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
0354前スレ>>91は都知事選のポスター枠販売と同じ思考のクズだな2024/11/04(月) 22:24:00.39ID:Scotzo6E
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情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、プロ入り
直前の練習中に傷めて「実はほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーはプロになれない。
各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科専門医の診断でアウト。地元
のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃して貰える?発覚した段階で、ペンシル
ベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょ
う。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャー
はプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして
戦うことになりますが、最初のうちはペンシルベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数
年に1回/州がそれぞれに規定)に更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同
時に1920年代初頭に発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンス
の認可に関わる利害関係者は、90年代には亡くなっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関す
るドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュ
トークが原因で、2人の関係が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会
わせることが多く、アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タ
イムズが掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を讃
えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する憎悪のみに殊
更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちていたのかも知れませんが、
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い
続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だったニューヨークで、失明した選手にライセンスを許
可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなっていたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと思いますよ。
0355前スレ>>91は都知事選のポスター枠販売と同じ思考のクズだな2024/11/04(月) 22:25:00.19ID:Scotzo6E
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ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして戦うことになりますが、最初のうちはペンシル
ベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数年に1回/州がそれぞれに規定)に
更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同時に1920年代初頭に
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イジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
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アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュトークが原因で、2人の関係
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アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
憎悪のみに殊更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちて
いたのかも知れませんが、失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
0356前スレ>>91は都知事選のポスター枠販売と同じ思考のクズだな2024/11/04(月) 22:26:00.33ID:Scotzo6E
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直前の練習中に傷めて「実はほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーはプロになれない。
各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科専門医の診断でアウト。地元
のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃して貰える?発覚した段階で、ペンシル
ベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょ
う。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャー
はプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして
戦うことになりますが、最初のうちはペンシルベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数
年に1回/州がそれぞれに規定)に更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同
時に1920年代初頭に発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
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リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
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ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンス
の認可に関わる利害関係者は、90年代には亡くなっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関す
るドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュ
トークが原因で、2人の関係が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会
わせることが多く、アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タ
イムズが掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を讃
えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する憎悪のみに殊
更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちていたのかも知れませんが、
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い
続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だったニューヨークで、失明した選手にライセンスを許
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0357前スレ>>91は都知事選のポスター枠販売と同じ思考のクズだな2024/11/04(月) 22:57:03.79ID:Scotzo6E
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プロになれない。各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科
専門医の診断でアウト。地元のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃
して貰える?発覚した段階で、ペンシルベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから
指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょう。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目
をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャーはプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、
ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして戦うことになりますが、最初のうちはペンシル
ベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数年に1回/州がそれぞれに規定)に
更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同時に1920年代初頭に
発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。そしてフレ
イジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち
自身のキャリアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分
の選手が踏ん切りをつけられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは
正式にチーフに就任しますが、そもそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違い
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視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜
半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンスの認可に関わる利害関係者は、90年代には亡く
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アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュトークが原因で、2人の関係
が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会わせることが多く、
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
憎悪のみに殊更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちて
いたのかも知れませんが、失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
0358前スレ>>91は都知事選のポスター枠販売と同じ思考のクズだな2024/11/04(月) 22:58:00.30ID:Scotzo6E
■■ここは癒し板スレだぞ
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直前の練習中に傷めて「実はほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーはプロになれない。
各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科専門医の診断でアウト。地元
のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃して貰える?発覚した段階で、ペンシル
ベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょ
う。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャー
はプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして
戦うことになりますが、最初のうちはペンシルベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数
年に1回/州がそれぞれに規定)に更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同
時に1920年代初頭に発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
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あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンス
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るドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュ
トークが原因で、2人の関係が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会
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イムズが掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を讃
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更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちていたのかも知れませんが、
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い
続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だったニューヨークで、失明した選手にライセンスを許
可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなっていたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと思いますよ。
0359前スレ>>91は都知事選のポスター枠販売と同じ思考のクズだな2024/11/04(月) 22:59:00.23ID:Scotzo6E
■■ここは癒し板スレだ
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の選手が踏ん切りをつけられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは
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半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンスの認可に関わる利害関係者は、90年代には亡く
なっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関するドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、
アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュトークが原因で、2人の関係
が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会わせることが多く、
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
憎悪のみに殊更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちて
いたのかも知れませんが、失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
0360前スレ>>91は都知事選のポスター枠販売と同じ思考のクズだな2024/11/04(月) 23:00:00.26ID:Scotzo6E
■■ここは癒し板スレだぞ
■■YouTube板スレに行け!!
情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、プロ入り
直前の練習中に傷めて「実はほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーはプロになれない。
各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科専門医の診断でアウト。地元
のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃して貰える?発覚した段階で、ペンシル
ベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょ
う。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャー
はプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして
戦うことになりますが、最初のうちはペンシルベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数
年に1回/州がそれぞれに規定)に更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同
時に1920年代初頭に発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンス
の認可に関わる利害関係者は、90年代には亡くなっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関す
るドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュ
トークが原因で、2人の関係が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会
わせることが多く、アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タ
イムズが掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を讃
えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する憎悪のみに殊
更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちていたのかも知れませんが、
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い
続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だったニューヨークで、失明した選手にライセンスを許
可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなっていたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと思いますよ。
0361前スレ>>91は都知事選のポスター枠販売と同じ思考のクズだな2024/11/04(月) 23:01:00.36ID:Scotzo6E
■■ここは癒し板スレだ
■■YouTube板スレに行け!
情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、
プロ入り直前の練習中に傷めて「ほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーは
プロになれない。各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科
専門医の診断でアウト。地元のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃
して貰える?発覚した段階で、ペンシルベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから
指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょう。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目
をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャーはプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、
ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして戦うことになりますが、最初のうちはペンシル
ベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数年に1回/州がそれぞれに規定)に
更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同時に1920年代初頭に
発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。そしてフレ
イジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち
自身のキャリアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分
の選手が踏ん切りをつけられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは
正式にチーフに就任しますが、そもそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違い
ない(ファッチはそれ以前からもフレイジャーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが
視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜
半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンスの認可に関わる利害関係者は、90年代には亡く
なっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関するドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、
アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュトークが原因で、2人の関係
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アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
憎悪のみに殊更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちて
いたのかも知れませんが、失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
0362前スレ>>91は都知事選のポスター枠販売と同じ思考のクズだな2024/11/04(月) 23:02:00.42ID:Scotzo6E
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情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、プロ入り
直前の練習中に傷めて「実はほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーはプロになれない。
各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科専門医の診断でアウト。地元
のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃して貰える?発覚した段階で、ペンシル
ベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょ
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はプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして
戦うことになりますが、最初のうちはペンシルベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数
年に1回/州がそれぞれに規定)に更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同
時に1920年代初頭に発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンス
の認可に関わる利害関係者は、90年代には亡くなっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関す
るドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュ
トークが原因で、2人の関係が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会
わせることが多く、アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タ
イムズが掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を讃
えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する憎悪のみに殊
更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちていたのかも知れませんが、
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い
続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だったニューヨークで、失明した選手にライセンスを許
可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなっていたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと思いますよ。
0363前スレ>>91は都知事選のポスター枠販売と同じ思考のクズだな2024/11/04(月) 23:03:00.18ID:Scotzo6E
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プロ入り直前の練習中に傷めて「ほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーは
プロになれない。各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科
専門医の診断でアウト。地元のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃
して貰える?発覚した段階で、ペンシルベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから
指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょう。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目
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更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同時に1920年代初頭に
発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。そしてフレ
イジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち
自身のキャリアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分
の選手が踏ん切りをつけられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは
正式にチーフに就任しますが、そもそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違い
ない(ファッチはそれ以前からもフレイジャーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが
視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜
半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンスの認可に関わる利害関係者は、90年代には亡く
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アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュトークが原因で、2人の関係
が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会わせることが多く、
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
憎悪のみに殊更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちて
いたのかも知れませんが、失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
0364前スレ>>91は都知事選のポスター枠販売と同じ思考のクズだな2024/11/04(月) 23:04:00.30ID:Scotzo6E
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直前の練習中に傷めて「実はほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーはプロになれない。
各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科専門医の診断でアウト。地元
のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃して貰える?発覚した段階で、ペンシル
ベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょ
う。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャー
はプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして
戦うことになりますが、最初のうちはペンシルベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数
年に1回/州がそれぞれに規定)に更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同
時に1920年代初頭に発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンス
の認可に関わる利害関係者は、90年代には亡くなっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関す
るドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュ
トークが原因で、2人の関係が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会
わせることが多く、アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タ
イムズが掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を讃
えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する憎悪のみに殊
更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちていたのかも知れませんが、
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い
続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だったニューヨークで、失明した選手にライセンスを許
可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなっていたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと思いますよ。
0365前スレ>>91は都知事選のポスター枠販売と同じ思考のクズだな2024/11/04(月) 23:05:00.36ID:Scotzo6E
■■ここは癒し板スレだ
■■YouTube板スレに行け!
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専門医の診断でアウト。地元のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃
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指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょう。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目
をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャーはプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、
ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして戦うことになりますが、最初のうちはペンシル
ベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数年に1回/州がそれぞれに規定)に
更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同時に1920年代初頭に
発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。そしてフレ
イジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち
自身のキャリアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分
の選手が踏ん切りをつけられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは
正式にチーフに就任しますが、そもそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違い
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アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
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アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
憎悪のみに殊更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちて
いたのかも知れませんが、失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
0366前スレ>>91は都知事選のポスター枠販売と同じ思考のクズだな2024/11/04(月) 23:06:00.21ID:Scotzo6E
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情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、プロ入り
直前の練習中に傷めて「実はほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーはプロになれない。
各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科専門医の診断でアウト。地元
のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃して貰える?発覚した段階で、ペンシル
ベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょ
う。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャー
はプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして
戦うことになりますが、最初のうちはペンシルベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数
年に1回/州がそれぞれに規定)に更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同
時に1920年代初頭に発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンス
の認可に関わる利害関係者は、90年代には亡くなっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関す
るドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュ
トークが原因で、2人の関係が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会
わせることが多く、アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タ
イムズが掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を讃
えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する憎悪のみに殊
更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちていたのかも知れませんが、
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い
続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だったニューヨークで、失明した選手にライセンスを許
可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなっていたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと思いますよ。
0367前スレ>>91は都知事選のポスター枠販売と同じ思考のクズだな2024/11/04(月) 23:07:00.30ID:Scotzo6E
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情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、
プロ入り直前の練習中に傷めて「ほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーは
プロになれない。各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科
専門医の診断でアウト。地元のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃
して貰える?発覚した段階で、ペンシルベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから
指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょう。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目
をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャーはプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、
ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして戦うことになりますが、最初のうちはペンシル
ベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数年に1回/州がそれぞれに規定)に
更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同時に1920年代初頭に
発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。そしてフレ
イジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち
自身のキャリアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分
の選手が踏ん切りをつけられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは
正式にチーフに就任しますが、そもそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違い
ない(ファッチはそれ以前からもフレイジャーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが
視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜
半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンスの認可に関わる利害関係者は、90年代には亡く
なっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関するドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、
アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュトークが原因で、2人の関係
が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会わせることが多く、
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
憎悪のみに殊更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちて
いたのかも知れませんが、失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
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