ちゅーばー ★6
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
>>445
6日のライブではまだ入院中と言ってましたね
でも嘘つきだからねー
どこまで本当のことを言ってるか分からないというのもある ■■ここは癒し板スレだぞ
■■YouTube板スレに行け!!
情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、プロ入り
直前の練習中に傷めて「実はほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーはプロになれない。
各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科専門医の診断でアウト。地元
のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃して貰える?発覚した段階で、ペンシル
ベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょ
う。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャー
はプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして
戦うことになりますが、最初のうちはペンシルベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数
年に1回/州がそれぞれに規定)に更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同
時に1920年代初頭に発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンス
の認可に関わる利害関係者は、90年代には亡くなっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関す
るドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュ
トークが原因で、2人の関係が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会
わせることが多く、アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タ
イムズが掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を讃
えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する憎悪のみに殊
更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちていたのかも知れませんが、
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い
続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だったニューヨークで、失明した選手にライセンスを許
可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなっていたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと思いますよ。 ■■ここは癒し板スレだ
■■YouTube板スレに行け!
情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、
プロ入り直前の練習中に傷めて「ほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーは
プロになれない。各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科
専門医の診断でアウト。地元のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃
して貰える?発覚した段階で、ペンシルベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから
指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょう。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目
をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャーはプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、
ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして戦うことになりますが、最初のうちはペンシル
ベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数年に1回/州がそれぞれに規定)に
更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同時に1920年代初頭に
発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。そしてフレ
イジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち
自身のキャリアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分
の選手が踏ん切りをつけられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは
正式にチーフに就任しますが、そもそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違い
ない(ファッチはそれ以前からもフレイジャーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが
視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜
半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンスの認可に関わる利害関係者は、90年代には亡く
なっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関するドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、
アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュトークが原因で、2人の関係
が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会わせることが多く、
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
憎悪のみに殊更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちて
いたのかも知れませんが、失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。 またリセットされたー
>>415
必ず見るのはもうシロとルカだけになったよ
最近色々あって未視聴溜めてしまったけど
あとから全部見る
シロのところは家族も前面に出てくるし
おっ父のあの口調もあるし
メンシプも始めたしで無理って人もいるのかもね
少し前に猫スレでも書かれてたなぁ
てかそれ言ったらむねおは屁ネタ多いし、たまに余計なことするしw
でもあの子らほんとーに愛されているね
ニヤニヤとキモヅラで見てる! 今本スレ見てきたんだけど、りんちゃんが亡くなってからスクショの閲覧数もまた多くなったのかと思いきや
結構前から復活してたんだね
でもどんぐりシステムのせいかなんなのか書き込む人は少ないんだなぁ
ってたまにしか書き込まないお前が言うな!だけどさ ブリちゃん入院中は自分も少し怪しいと思っている
なーんか企んでるんじゃないかとw 自分だけなんだろうか
腹立ち度が逆かもしれないなぁ
ある意味被害者?んなこた知るか 単体の時はあっちがなぁってなるはなる
まぁ激臭💩とそれを上回る超激臭💩って違いでしかないけど
って💩袋片手に何書いてん。。。 脳が萎縮すると感情を司る部分も働かなくなってくんのかな
最近口では「ムカつくわー」とか「しんどいわー」とか言いながら脳は「スンッ」ってなってる感じがする
あれから何年も経ってるしなんか頭も常に重いし脳ドッグ的なの受けた方がいいのかな それと
少し前から気になっている心房細動?不整脈?みたいなやつ
なんかドゥルルルンって
あの顔を見た時にもなるんよね
このまま心臓止まるんかと思うけど、単に自律神経が乱れているだけなんだろうな こうやって書くとまじであっちのビョーキの人みたいじゃんw
いやみたいじゃねーのかもな 「あれから何年も経ってるし」と言われても分からないぞい
年齢不相応に脳が萎縮する出来事でもあったん?
例えば本気で殴り合って昏倒したことがあるとかね
言葉の端々から、15,6の頃から身体を痛めつける暮らしをしていたのかなって雰囲気は感じるけどさ
まぁここに書いて気が済むならいっかw >>458
うん
気が済んだ!w
でもさぁ……イメージさぁ……ねぇ………
20くらいの時に頭が痛すぎて脳の検査したら萎縮してると言われたって話しなかったっけ?
した気になってるんだったらそれもやばいなぁ
たぶんその頃、限界まで飲んではリバース、そしてまた限界まで飲むってむちゃくちゃなことしてたからかも
あ、そういえば自分も「2匹目迎えたい」発言のライブ探してみたんだけど分からなかった
イッチさん分かる?? >>455
ストレスで出やすいらしいよ、それ
自分も原因はアレらじゃないけど去年は多発した
脳ドッグは酒飲みはしといた方がよろしいかと…w
あ、自分は脳のMRIで上顎洞炎指摘されたんだよねー
自分では全く症状なかったけど、歯からだったみたい
なんせご自愛下さい… >>460
>20くらいの時に頭が痛すぎて脳の検査したら萎縮してると言われたって話しなかったっけ?
した気になってるんだったらそれもやばいなぁ
聞いたような気がするけど忘れた
ろくさんのせいばかりではないけど、話長いんだもんwww
それよりマ○○○○の話と、格闘技習ってたからデコとタイマンしたら負けないという話を覚えてた
>「2匹目迎えたい」発言のライブ探してみたんだけど分からなかった
その話自体が分からない
「2匹目迎えたい」と言ったのは誰?デコがライブで言ったの? >>462
あ、分かった
「2匹目迎えたい」はあの方の発言か
これは無理かもしれない >>461
うわーそうなんだ。。。
てことは結局ストレスによる自律神経失調症みたいな感じなのかなぁ
結構頻繁に起こるからちょっと慣れてきてしまって「うお、またきたw」って面白がってるw
こんな自分だから「ストレスない人」認定されやすいんよなぁ
てか上顎洞炎って?と思って調べたら蓄膿症のことなんだね
1つ勉強になりました
ありがとう、この先も続くようだったら脳と心臓の検査受けてみようと思う
うん、そのうち。。。やる、必ず、うん。 462と463が連鎖あぼーんで表示されない!
でも安価ライン付いてるからブラウザからみたら
イチさんだったw
これ、自分も安価付けたらさらに連鎖するのかな? あ、消えたw
んでもってID変わらないうちは表示されないのか
20のIDを解除すればいいんだろうけど、どれなんだ。。。
自分は一応飛行機飛ばしておいた ってか話長いのはめちゃくちゃ自覚してるし毎回反省はしてるんですw
本当にごめんなさいってw
でも絶対時空歪んでる気がする。。。んだよ
で、長いのは謝る
謝るけど、それは書かないでよwあーもーあーもーー
わざと書いてるよね絶対w
なんか喧嘩の話、改めて文章で見るとマジ厨二病だし
くそダサだよほんと
悲しいよ
心臓ドゥルルルンってなるよ
もう寝る
の前に、「2匹目迎えたい」のチャットがあったライブそのものはあるん?
それともライブごと非公開?
もしあるとしたらどのライブか教えてくだされ
ちょっとその部分だけでも聴いてみたい
ではふて寝します >>468
>「2匹目迎えたい」のチャットがあったライブそのものはあるん?
それともライブごと非公開?
もしあるとしたらどのライブか教えてくだされ
ちょっとその部分だけでも聴いてみたい
いやだから私にはどのライブだったのか見当つかない
探せない
話長いのはろくさんのせいばかりじゃないから謝る理由はないよ
私のせいでもあるw
要するにお互い様 >>469
さてはまだ酔っ払いだな
早くお寝www >>470-471
時間的に完全酒抜けてたはずなんだけど
なんなんだろうねw
ライブは了解しました!
某所のおねーさま方に聞けば分かるのかなぁ?
あ、爆サイにも書いていた人いたっけか
ちょっと聞いてみるね
いっちさんは聞き上手(ヨッ!!) >>472
毎日酒浸りじゃ完全には抜けないんじゃないの(残念でしたイヒヒヒヒヒ)
>いっちさんは聞き上手(ヨッ!!)
わっるい子だなーwww
爆サイに書いたよ
もし必要があるなら言って
資料提供するから >>473
毎日は飲まないよーこれマジのまじ
私を信じて?
てかイヒヒすんな!w
え、でもさ
なんか色々聞いてもらいたくなるような声のトーンなんだよ
これもほんと
ってそういう嘘つきみたいになってきたw
向こうに返信したよ
ありがとね
んで勘違いしてズレてるよとか言ってごめん
自分の頭がズレてたかも
あ、ヅラじゃなくてね、あ、わかってるよね
目が疲れたー
聴いた部分でスイカじゅるるるって食ってるところがあってくそ萎えた
てか文字起こしコピーしてそっから検索かけたら良かったようなw
でも滑舌怪しいからそれもどうだか分からないかな てかあそこであの方が言ってたから探し始めたんだったw
一応確認しておきたいかもってノリで
あ、例の件
あんなこと言っちゃったけどいっちさんの意見も自分は聞きたい
お手隙の際にでも向こうのほうもよろしくお願いします┏〇゛ >>475
見てきた
あとは本人の判断でいいと思うけど
必要と思えばアドバイス求めてくるんじゃないの >>476
そっか、だよね
自分的には「それでいいのかな」って思ってしまった部分もあってさ
でもおまかせしとこう
ではまた時々覗くか早朝にでも来まっす
各所のライブ情報投下もちょっと楽しみ ■■ここは癒し板スレだぞ
■■YouTube板スレに行け!!
情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、プロ入り
直前の練習中に傷めて「実はほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーはプロになれない。
各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科専門医の診断でアウト。地元
のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃して貰える?発覚した段階で、ペンシル
ベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょ
う。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャー
はプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして
戦うことになりますが、最初のうちはペンシルベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数
年に1回/州がそれぞれに規定)に更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同
時に1920年代初頭に発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンス
の認可に関わる利害関係者は、90年代には亡くなっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関す
るドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュ
トークが原因で、2人の関係が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会
わせることが多く、アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タ
イムズが掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を讃
えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する憎悪のみに殊
更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちていたのかも知れませんが、
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い
続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だったニューヨークで、失明した選手にライセンスを許
可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなっていたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと思いますよ。 ■■ここは癒し板スレだ
■■YouTube板スレに行け!
情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、
プロ入り直前の練習中に傷めて「ほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーは
プロになれない。各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科
専門医の診断でアウト。地元のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃
して貰える?発覚した段階で、ペンシルベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから
指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょう。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目
をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャーはプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、
ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして戦うことになりますが、最初のうちはペンシル
ベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数年に1回/州がそれぞれに規定)に
更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同時に1920年代初頭に
発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。そしてフレ
イジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち
自身のキャリアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分
の選手が踏ん切りをつけられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは
正式にチーフに就任しますが、そもそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違い
ない(ファッチはそれ以前からもフレイジャーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが
視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜
半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンスの認可に関わる利害関係者は、90年代には亡く
なっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関するドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、
アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュトークが原因で、2人の関係
が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会わせることが多く、
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
憎悪のみに殊更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちて
いたのかも知れませんが、失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。 【政治/タマキンのチン上げ】国民民主・玉木代表、高松市観光大使で元グラビアアイドル・小泉みゆき(39)とのFLASH不倫報道を認め涙の謝罪「妻にも事前に会う事を報告。やましい気持ちはありません」★11 [Hitzeschleier★]
ttp://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1731305663/ ■■ここは癒し板スレだぞ
■■YouTube板スレに行け!!
情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、プロ入り
直前の練習中に傷めて「実はほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーはプロになれない。
各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科専門医の診断でアウト。地元
のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃して貰える?発覚した段階で、ペンシル
ベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょ
う。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャー
はプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして
戦うことになりますが、最初のうちはペンシルベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数
年に1回/州がそれぞれに規定)に更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同
時に1920年代初頭に発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンス
の認可に関わる利害関係者は、90年代には亡くなっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関す
るドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュ
トークが原因で、2人の関係が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会
わせることが多く、アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タ
イムズが掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を讃
えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する憎悪のみに殊
更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちていたのかも知れませんが、
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い
続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だったニューヨークで、失明した選手にライセンスを許
可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなっていたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと思いますよ。 ■■ここは癒し板スレだ
■■YouTube板スレに行け!
情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、
プロ入り直前の練習中に傷めて「ほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーは
プロになれない。各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科
専門医の診断でアウト。地元のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃
して貰える?発覚した段階で、ペンシルベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから
指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょう。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目
をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャーはプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、
ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして戦うことになりますが、最初のうちはペンシル
ベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数年に1回/州がそれぞれに規定)に
更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同時に1920年代初頭に
発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。そしてフレ
イジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち
自身のキャリアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分
の選手が踏ん切りをつけられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは
正式にチーフに就任しますが、そもそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違い
ない(ファッチはそれ以前からもフレイジャーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが
視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜
半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンスの認可に関わる利害関係者は、90年代には亡く
なっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関するドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、
アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュトークが原因で、2人の関係
が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会わせることが多く、
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
憎悪のみに殊更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちて
いたのかも知れませんが、失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。 リンちゃん死んじゃったばかりなのに、猫に有毒のユリを近くに置くとかすごいね
もはや虐待と言ってもおかしくないことしてて恐怖だ >>484
可愛い、大切にしたいと思う気持ちがないのはこういうところにも出るんでしょうね ところで本スレ
もう700超えてるよ
スレ立てはいつ頃になるのかなぁ
取り敢えずキリ番は踏まないことにするw 1時間経ってないのに画像閲覧数が60超えてる
ロムってる人増えたね おはようございますノシ
すっかり忘れていたリンちゃんが捕獲器に入って
ご飯を全部食べてたって話が出てきて
切なさがぶり返してしまった朝…ドヨーン
……切り替えようウシっ おはようございます
>>489
リンちゃん捕獲器
そんなこともありましたね
タイピーが自宅にイタズラ、遊びで仕掛けた捕獲器に入るなら、他所んちの捕獲器に入っても不思議じゃないのにな
そういうことには考えが及ばないお粗末な想像力 あーもー!あーもー!
www
もう本スレ要らないかも
爆サイとホスと好き嫌いで好き勝手やってればいいか
あの一家は自滅しない限り安泰だよ多分
アンチ()が潰せるなんて4年前も今も私は思ってない うわ!! www
これAIじゃないよね
猫神様の気まぐれ!?
猫の柄って本当に面白い
https://youtube.com/shorts/iMppnzXta60 何でもないよ
言いたかっただけ
あーもー!あーもー! 自分は本スレはいると思っている
けど常に何か書き込むのかと言われたらそうじゃない
ならお前は必要だと言うな、立てるなと言われたらそうする >>497
「立てるな」なんて誰が言うの?
ユーザーの誰にも「立てるな」なんて言う権利はないよ >>498
言われたとしたらだよ
例の雑談スレを立てたしばらくあと、誰だか分からないけど爆サイだったかで「責任もって埋めろ」と言われたことがあるからね
「使わないなら立てるな」も言われた気がする >>499
ここでそんなことを言われてもだわ
少なくとも私は誰に対しても「立てるな」だの「立てろ」だの言える立場ではない
5ちゃんねるは私のものではないのでね >>500
え?ここってなんでも書いていいんじゃなかったっけ
思ってることを書いただけで別に1さんに向けて書いたわけでもないよ
まぁいいや
なんかごめんねー
オマエらの書いてる内容は
全然「癒し」になっていない
この板のルールに違反してるから
本スレか爆サイに移動しろ
二度とここに書くんじゃねーぞ
ボケ
本スレはまだ分かるけど、爆サイねーw
なるほどなるほど ■■ここは癒し板スレだぞ
■■YouTube板スレに行け!!
情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、プロ入り
直前の練習中に傷めて「実はほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーはプロになれない。
各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科専門医の診断でアウト。地元
のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃して貰える?発覚した段階で、ペンシル
ベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょ
う。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャー
はプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして
戦うことになりますが、最初のうちはペンシルベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数
年に1回/州がそれぞれに規定)に更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同
時に1920年代初頭に発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンス
の認可に関わる利害関係者は、90年代には亡くなっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関す
るドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュ
トークが原因で、2人の関係が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会
わせることが多く、アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タ
イムズが掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を讃
えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する憎悪のみに殊
更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちていたのかも知れませんが、
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い
続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だったニューヨークで、失明した選手にライセンスを許
可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなっていたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと思いますよ。 ■■ここは癒し板スレだ
■■YouTube板スレに行け!
情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、
プロ入り直前の練習中に傷めて「ほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーは
プロになれない。各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科
専門医の診断でアウト。地元のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃
して貰える?発覚した段階で、ペンシルベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから
指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょう。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目
をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャーはプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、
ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして戦うことになりますが、最初のうちはペンシル
ベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数年に1回/州がそれぞれに規定)に
更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同時に1920年代初頭に
発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。そしてフレ
イジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち
自身のキャリアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分
の選手が踏ん切りをつけられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは
正式にチーフに就任しますが、そもそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違い
ない(ファッチはそれ以前からもフレイジャーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが
視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜
半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンスの認可に関わる利害関係者は、90年代には亡く
なっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関するドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、
アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュトークが原因で、2人の関係
が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会わせることが多く、
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
憎悪のみに殊更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちて
いたのかも知れませんが、失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。 ■■ここは癒し板スレだぞ
■■YouTube板スレに行け!!
情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、プロ入り
直前の練習中に傷めて「実はほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーはプロになれない。
各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科専門医の診断でアウト。地元
のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃して貰える?発覚した段階で、ペンシル
ベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょ
う。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャー
はプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして
戦うことになりますが、最初のうちはペンシルベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数
年に1回/州がそれぞれに規定)に更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同
時に1920年代初頭に発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンス
の認可に関わる利害関係者は、90年代には亡くなっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関す
るドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュ
トークが原因で、2人の関係が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会
わせることが多く、アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タ
イムズが掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を讃
えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する憎悪のみに殊
更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちていたのかも知れませんが、
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い
続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だったニューヨークで、失明した選手にライセンスを許
可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなっていたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと思いますよ。 ■■ここは癒し板スレだ
■■YouTube板スレに行け!
情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、
プロ入り直前の練習中に傷めて「ほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーは
プロになれない。各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科
専門医の診断でアウト。地元のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃
して貰える?発覚した段階で、ペンシルベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから
指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょう。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目
をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャーはプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、
ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして戦うことになりますが、最初のうちはペンシル
ベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数年に1回/州がそれぞれに規定)に
更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同時に1920年代初頭に
発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。そしてフレ
イジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち
自身のキャリアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分
の選手が踏ん切りをつけられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは
正式にチーフに就任しますが、そもそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違い
ない(ファッチはそれ以前からもフレイジャーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが
視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜
半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンスの認可に関わる利害関係者は、90年代には亡く
なっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関するドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、
アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュトークが原因で、2人の関係
が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会わせることが多く、
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
憎悪のみに殊更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちて
いたのかも知れませんが、失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。 ■■ここは癒し板スレだぞ
■■YouTube板スレに行け!!
情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、プロ入り
直前の練習中に傷めて「実はほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーはプロになれない。
各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科専門医の診断でアウト。地元
のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃して貰える?発覚した段階で、ペンシル
ベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょ
う。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャー
はプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして
戦うことになりますが、最初のうちはペンシルベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数
年に1回/州がそれぞれに規定)に更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同
時に1920年代初頭に発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンス
の認可に関わる利害関係者は、90年代には亡くなっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関す
るドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュ
トークが原因で、2人の関係が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会
わせることが多く、アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タ
イムズが掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を讃
えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する憎悪のみに殊
更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちていたのかも知れませんが、
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い
続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だったニューヨークで、失明した選手にライセンスを許
可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなっていたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと思いますよ。 ■■ここは癒し板スレだ
■■YouTube板スレに行け!
情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、
プロ入り直前の練習中に傷めて「ほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーは
プロになれない。各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科
専門医の診断でアウト。地元のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃
して貰える?発覚した段階で、ペンシルベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから
指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょう。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目
をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャーはプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、
ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして戦うことになりますが、最初のうちはペンシル
ベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数年に1回/州がそれぞれに規定)に
更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同時に1920年代初頭に
発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。そしてフレ
イジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち
自身のキャリアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分
の選手が踏ん切りをつけられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは
正式にチーフに就任しますが、そもそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違い
ない(ファッチはそれ以前からもフレイジャーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが
視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜
半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンスの認可に関わる利害関係者は、90年代には亡く
なっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関するドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、
アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュトークが原因で、2人の関係
が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会わせることが多く、
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。
アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タイムズが
掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を
讃えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する
憎悪のみに殊更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちて
いたのかも知れませんが、失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網
膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だった
ニューヨークで、失明した選手にライセンスを許可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなって
いたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと。したがって、だからフレイジャーの失明ですが、有り得ないのです。 ■■ここは癒し板スレだぞ
■■YouTube板スレに行け!!
情報の出所は、2008年に製作されたドキュメンタリー「スリラ・イン・マニラ(スリラーと伸ばすのは間違い)」で、プロ入り
直前の練習中に傷めて「実はほとんど見えない状態だった」というものですが、これが事実ならばフレイジャーはプロになれない。
各州に申請するプロライセンスの認可に際して、詳細なメディカル・チェックが行われるため、眼科専門医の診断でアウト。地元
のペンシルベニア州でライセンスを申請すれば、オリンピックの金メダリストだから見逃して貰える?発覚した段階で、ペンシル
ベニアのボクシングコミッショナーの責任問題に発展する。コミッションから指定を受けたドクターも、ただでは済まないでしょ
う。有り得ないことですが、仮にペンシルベニアが失明の事実に目をつむり、ライセンスを発行したとしましょう。フレイジャー
はプロ入り後に、短期間でメイン・イベンターとなって、ニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンを本拠地にして
戦うことになりますが、最初のうちはペンシルベニアのライセンスで試合ができるからいい。しかし、ライセンスは一定期間(数
年に1回/州がそれぞれに規定)に更新が必要となり、ニューヨーク州アスレティック・コミッション(ボクシングの合法化と同
時に1920年代初頭に発足)のメディカル・チェックを受けたタイミングですべてが明るみとなり、大きなスキャンダルになる。
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
あのドキュメンタリーで、唐突に出てきた。60年代前半〜半ば当時のコミッショナーやコミッションドクターなど、ライセンス
の認可に関わる利害関係者は、90年代には亡くなっているか隠居していた筈で、話す機会はいくらでもあったのに。アリに関す
るドキュメンタリーは枚挙に暇がなく、アリの物語に欠かせないフレイジャーは、常に名脇役に甘んじてきた。アリのトラッシュ
トークが原因で、2人の関係が険悪だったのは確かですが、引退後に受けた様々な取材やパーティー、レセプションなどで顔を会
わせることが多く、アリは謝罪の言葉を何度も口にし、世紀の対決から30年の節目となった2001年には、ニューヨーク・タ
イムズが掲載した記事の中で、正式に謝罪の弁を述べている。2003年にフィラデルフィアで開かれたフレイジャーの業績を讃
えるパーティーにアリも招かれていた。フレイジャーを主役にした数少ない長編ドキュメンタリーは、アリに対する憎悪のみに殊
更焦点を当て、2人の関係修復はあえて無視の姿勢を貫く。実際に目を傷めたのが事実で、視力も落ちていたのかも知れませんが、
そしてフレイジャーのイジャーのトレーナーは、ベテランのヤンシー・ダーラムとエディ・ファッチです。この2人が選手の失明
に気がつかないわけがないし、失明した選手を戦わせる筈がない。隠し通すことなど不可能で、わかった時点で彼たち自身のキャ
リアもジ・エンド。とりわけファッチは健康管理に厳しい人で、これ以上戦うべきではないと判断した自分の選手が踏ん切りをつ
けられない場合、引退を勧告して関係を絶つ。1972年にダーラムが急逝した後、ファッチは正式にチーフに就任しますが、そ
もそもダーラムからチーム入りを打診された1966年には要請を断っていたに違いない(ファッチはそれ以前からもフレイジャ
ーを知っていた)。現役時代はもちろん引退してからも、フレイジャーが視力の問題について触れてはなく、ファッチも同様です。
失明はあまりにも荒唐無稽。コミッション制度が全米規模で確立する30年代以前には、網膜剥離や白内障で失明同然のまま戦い
続けた実例もありますが、50年代以降のアメリカ、それも世界の中心地だったニューヨークで、失明した選手にライセンスを許
可する筈がない。ファッチも含めた直接的な利害関係者が亡くなっていたため、過剰な演出に付き合い過ぎただけかと思いますよ。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています