NTR純愛はコインの裏表だから、どっちが良い悪いとか上か下かなんて無い。
例えばハーレムアニメは、ちょっと視点と語り手をずらせば寝取り寝取られのリアル系純愛アニメと呼ばれ得る。こういう演出や話の構成は、NTRブームの要求に沿った特別なものなどではなく、普通に用いられ得る一般的な手段。
自分の主義を押し付けてくるやつから嫌な思いをしたというのは、そいつ自身の頭がおかしいだけで、こういうやつがいるのはNTR純愛お互い様。
従ってNTR系に魅力を持っているという、ただそれだけで人格を否定することは不可能。
創作物語は現実には無い話だから、遠い国や土地からそのような文化や風潮・事件がやってくるかもしれないという他人事とは思えないような危機感を持つことも無く、
他人の話だからこそ、法律倫理道徳感情損得を気にすることなく話の果実部分のみを味わうことができる。
話し合いでなく殴り合いで勧善懲悪するアンパンマンのような物語が児童向けとして許容/推奨されているのは、これが人々の中で暗黙の前提になっているからだ。
明快さと話題性のための典型的シーンの乱用やご都合主義は、創作物語の宿命。
こういう暗黙の前提の中で虹世界を楽しんでいるのが俺達だろう。
どちらが良い悪いとか上か下かではなく、お互いに支え合って発展してきたと言っても過言ではないのではないか。
価値観が違うだけで、相手の象徴的な部分のみを指し示して犯罪者予備軍やらお子様お花畑などと人格否定をするのではなく、同じ虹畑の同志として、基本的なところで認め合うことが肝要だと思う。