表現の自由ってのは
他者にとってどんなにくだらない思想だろうが、他人の自由を侵害してなければ容認しなければならない
支配者が嫌い、無駄だと判断したとしても。

寛容を守る為には不寛容に不寛容でなければならない
非実在を許さないという事はフィクションや想像
実在女性によるフィクションのAVすらも規制を拒めなくなる

ニーメラーの言葉で「ナチスが最初共産主義者を攻撃したとき」
これが共産党によって「共産党が最初、非実在児童ポルノ好きを攻撃したとき」
となっているのはどうだろうね