https://imgbbs.dtn.jp/game/data/672fd5e992cc7.jpg
愛姉妹は官能小説ベースのような作品で非常に質の高いテキストと人物描写が
今でも通用する要因だろう。エロ場面特化でフェチックなチラリズムなどは無い。
だが、蛭田昌人の下級生などもそうだが、官能小説でも本当に良い作家というのは
エッチシーンの中でこそ、そのヒロインの魅力、女らしさや清楚さなどを描いていて
エッチシーンの描写を見れば見るほどその魅力に惹かれていったりするものだ。
(隠語を連呼するだけの馬鹿漫画、馬鹿ゲームとはそもそもの次元が違う。)
また、愛姉妹で特徴的なものに、ひとつ、悪人になりきれない主人公の性格がある。
ヒロインが本気で嫌がる行為には(ちぇっ、しゃーねえな)と妥協しつつ、
凌辱ゲームの主人公でありながら甘さや人の情がある。
だがそれがプレーヤーが逆に性交に浸る事が出来るファクターになっていたと
どれだけのプレーヤーが気付いただろう(´・ω・`)
官能小説黎明期、作品の大半はヤクザやチンピラのレイプ【犯す】ものばかりで、
起源的ではあるものの、男女とも機械的でそこに人の魅力など何も感じられなかった。
愛姉妹では蛭田主人公のような悪ぶっていても悪になり切れない人間性と
その描写のバランス感覚がヒロインや作品の魅力に大きく関係していたと今改めて思う。