まず、中国から陰陽思想・五行思想(と同時に、天文学・易学・占術・等々)が入ってきて
それらをベースに、既に日本にあった諸々の宗教・思想と混合した結果として出来上がったのが陰陽道
一種の学問体系・技術体系であって、元々は宗教じゃないんすよ

その後1,000年くらい経って、安倍晴明の子孫(土御門家)が徳川から陰陽道宗家として認められた後に
陰陽道に儒家神道を融合させて出来上がったのが、天社神道

土御門家は、徳川の威光の下で日本全国の陰陽師を纏め上げる立場になったが(市井の陰陽師に免状を与える権利を有した)
明治維新でそれもぶっ潰れて、陰陽寮の廃止+天社神道禁止令の発令によって陰陽師は姿を消した訳だ