複数メイドが出来ることと、公式撮影モードで出来ることには差があった。
上述の通り、表情のエディット機能がその一つだ。

この差はしばしば、KISS公式生放送で行われる嫁イドアワーにおいて、プレイヤー同士の対立を招いた。

人間は野生において、社会を武器にして生き残っている生物である。
その武器である社会を上手に回すためにある潤滑油。それが常識だ。
それを他人に押し付け、理解させ、仲間にすることで群れを大きくする。それが人間のやり方だ。
宗教がいい例だ。

そんな人間どもが遊ぶわけだから、カスメ界隈でも同じことは起こった。
複数メイド派閥と公式撮影モード派閥。
外から見れば「お前ら下らない事で対立するな」であるが、当の本人たちにとってその二つは、キリストとアッラーのようなもの。
どちらが正統かを言い争えば、それはもう聖戦である。

この二者の対立は、これまでに幾多の争いを生み、その争いの業火は、時にプレイヤーのブログやtwitterを焼き払う事もあった。
その対立に、KISSニコニコ生放送の選評に落ちた者の憎悪と嫉妬が混ざり合い、カスメ界隈に多くの犠牲者が生まれることになってしまった。

キリストとアッラー。神などと言う崇高な呼び名を持ってはいるが、所詮は偶像。信じることで己を保つ人間の生存本能の一つ。
それと同じように、複数メイド、公式撮影モード、どちらも嫁イドを撮影するツールの一つにすぎないと言うのに、自分たちの信じるものが正しいと信じるために、人々は争うのだ。

人間は愚か。