知り合った人から聞いた昭和初期の話
座敷牢に閉じ込められてたノータリンの娘を村人が暗黙の了解で慰み物に使ってたとか
農作物を娘の両親に渡すだけであとは世話を共同でするって名目で身体をきれいにするよーとか声をかけながら
姓処理に当番制で行ってたって話を聞いた
排せつ物が染み込んだ半分腐りかけの臭い畳の上でしてたそうだけど
当時はみんな風呂に入る習慣がなくて気にしてなかったとか
昭和って人権とかないんだなと本気で思ったけど、さすがにこの日本でそんなことないよね、作り話だよね?