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 アニは実に勤勉に種付けに励んだ。
 ハツの受胎が確認された後、熟乳のモモと未通のサワを昼・夜でこなし、気性難のベベもこなした。

 熟乳のモモは、種付にも慣れており、性格も温和で、ハツ同様人と四つ足との中間の身体を持っている。何の心配もいらない乳牛だったので、トンとシンはハツのときと同様、母屋で待っていただけだった。
 未通のサワは噛み付き癖があったので、トンとシンは立ち会ったが、念のため轡をつけただけで拘束もせず、丁寧に鳴かせて事を終えた。
 皆が手こずった気性難のベベにも二人は立ち会った。ベベはさすがに拘束したが、これにもアニは馬を乗りこなすように上手に対処し、手際良く短時間で鳴かせて終えた。

 「ついこの間筆おろししたとは思えないな。まるで百戦錬磨の手練れじゃ無いか」とシンは舌を巻く。
 アニはまさに、使命感と仕事に対する誠意でこなしているんだな、事前に伝えた情報で予習してきている節もある、戦でもそうだったな、とトンはアニの初陣を想い出す。
 「アニ、乳牛は鳴かせても鳴かせなくてもどちらでも良いんだぞ」
 とシンが言った。
 「鳴いたか鳴かないかは、受胎と関係無いのか?」
 とアニは聞く。
 「鳴けばぽのある子が生まれ、鳴かなければ乳牛が生まれるという話もあるが、本当かどうかわからない。戦や労働力を考えれば、ぽのある子が多く欲しいが、乳牛は寿命が短いし、繁殖の観点からは乳牛が多いほうが良い。今の時点での需要は乳牛のほうが大きいな」シンは言う。
 「ということは鳴かさないほうが良いのか。ちょっとつまらん気もするな」
とアニは笑う。
 「アニの好きなようにやってくれよ。何のかんの言っても、全体としては同じくらいの比率で産まれてくるもんだ」とトンは言う。

 「俺の希望を聞いてくれるか?」とアニが言い出した。
 「大人しい乳牛も癒やされて良いんだが、俺には難しいほうがやりがいがある。今まで難しくてやり手が無かったような乳牛を相手にしてみたいんだ」
 実にアニらしい発想だと思った。「考えてみよう」とトンは答えて、突然、自分の集会での発言を思いだした。・・そうだ・・船乗りの強化。
 船乗り系の乳牛にもアニの血をかけてみたら面白いかも知れない。とトンは考え、シンに、今まで敬遠されがちだった大型乳牛のリストアップを頼んだ。