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 最近、あにぃと俺は、無言で抱き合うことが多くなってきた。抱き合ってしばらくすると、あにぃと俺の儀式に入り込む。

 この世のものでは無いようなあの一瞬のあにぃの美しい表情を見たい一心で、俺はあにぃと抱き合う。
あにぃも、異界に連れ去られる瞬間の俺は、この世のもので無いくらいどうしようもなくかわいい。それを見たいんだと言う。
 はじめは、自分たちのためじゃ無くて、あの瞬間のあにぃを魔物に捧げるために、こんなことをしているのか、と思いもした。
 あの一瞬、あにぃの心は俺を忘れてしまうし、俺もあにぃを忘れてしまう。でもだんだんと、あれはとても澄み切ったもので、連れ去ってゆくものは魔物では無く、もっと神々しいものだと思うようになった。だからあにぃはあんな表情になるんだ、と思う。

 ひとつ大切なことがわかった。完全に魔物に支配されてしまわないと、あの瞬間の美しさも無いということだ。
 つまり、いったんものすごくキモい獣にならなければ、あの神々しいほどのあにぃの美しさはやって来ないということ。俺は、もっともっと美しいあにぃを見るために、もっともっとあにぃとキモいことをしたい。

 俺は生き物同士のからみは、馬と犬しか見たことが無い。あにぃも同じだと言っていた。
 あにぃは、やりかたはずいぶん違うが、あいつらにも魔物がとりつく。俺たちにも魔物がとりつく。だから、基本はあいつらと同じことをしていると言う。
 でも俺はかなり違うんじゃ無いかと思っている。馬も犬も、あにぃのように美しくならない。あいつらは、一瞬魔物に取り憑かれるように見えるが、熱狂は一瞬だし、それが去っても獣のままだ。あいつらに取り憑くのは、魔物に似た別のものなんじゃないか?

 俺は、あにぃと俺はまだやり残していることがあるような気がする。俺はあにぃに「俺はあにぃと一本の棒のようになりたい。あにぃと俺は、どうしたら一本の棒になれるんだろう?」と聞いたことがある。
あにぃは、ああ、と頷きながらも、
「あまり余計な事は考えないほうが良い。アタマで余計なことを考えるのは、キモいことに対する冒涜のような気がするんだ。何も考えないで身を任せていれば、そのうち魔物が自然に俺たちをどこかに連れて行ってくれる」とあにぃは言った。
 俺もそんな気がしている。でも俺はどうしても余計な事を考えてしまう。